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第274話

「綾、遅かったね!大丈夫?」 会場へ戻ると咲也を腕にへばりつけた門倉が自分を見つけて近付いてきた。 優しい門倉の瞳とは違って、咲也の瞳は二人の母親である嫌悪に満ちた瞳を思い出させた。 「遅れてすみません。やる事があれば指示を下さい」 「いや、もう十分だよ。綾もパーティー楽しんで!」 豪華な料理が立食形式にてズラリと並ぶ中、いつもなら嬉々として手を付けるだろう自分も、今は気乗りしなかった。 そんな弱過ぎる自分のメンタルに気付かれたくなくて、綾人はにっこり微笑んだあと門倉へ背を向けた。 「綾?」 「少し疲れたので、部屋へ戻ります。お疲れ様でした」 会釈して去ろうとした時、手を掴まれ引き戻される。 「何かあった?」 真面目な顔で自分を見据えてくる門倉に心臓が飛び上がった。心の不安を見透かされそうで瞳が揺れる。それを感じた綾人は鉄壁の笑顔を作った。 「何もないよ。ゆーいち!本当に少し疲れただけ」 えへへと愛くるしい笑顔を見せる綾人に門倉はホッと胸撫で下ろし、手を離した。 「俺の部屋で寝ていいからね」 よしよしと頬を大きな掌に撫でられて綾人は小さく頷くと、会場を出て行った。 戻る先はもちろん、自分の部屋だ。 胸が苦しい たったこれだけの事なのに、張り裂けそうなほど胸が痛かった。 門倉と離れるには自分の心のメンテナンスが一番重大なのかもしれないと、綾人は部屋へ戻るなりベッドの上へと横になった。 ベッド脇の物置に速水から処方された薬が目に留まる。 飲んで楽になりたい衝動に駆られたが、薬を飲むと門倉が心配することと、嫌がることから目を閉じて耐えた。 好きなら我慢できる それが僕にできる唯一の証明の方法 その想いと覚悟を強く念じた綾人はそっと瞳を閉じ、未だ整理のつかない混沌する想いを抑え込む努力に励んだ。 第二章 終わり

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