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第2話
「き、来てしまった……」
住宅情報サイトを見てから数日後の週末、僕は星さんのマンションの前に来ていた。
服装は運送屋さんが着ていそうな作業服とキャップに、レーザープリンタで印刷できるアイロンプリントで作ったソレっぽい社名のロゴを貼り付け、名札も自作している。
手に持っているのは「星さんに似合いそう」という理由で選んだスパークリングワインが入った箱にソレっぽい伝票を貼り付けたものだ。
伝票の送り主の欄には心の中で平謝りしながら、彼の会社とも取り引きがありそうな実在の会社名を書いた。
タイミングのいいことに今はお歳暮シーズンだ。
社長なら取り引き先から自宅にお歳暮が届くこともあるだろうから、これならきっと星さんは僕を玄関先に入れてくれるだろうと踏んで、あれこれ準備をした。
「今ならまだ引き返せるけど……」
この計画を実行してしまえば、僕は完全に不法侵入の犯罪者だ。
やっぱりやめた方がいいと理性は訴えていたけれども、それでも結局勝ったは欲望の方だった。
帽子を深くかぶり直し、僕はエントランスの各部屋を呼び出せる玄関チャイムのパネルで星さんの部屋の部屋番号を押した。
────────────────
「はい」
インターホンの向こうから聞こえてきた男の人の声に、僕はドキッとしてしまう。
短い返事の声は、星さんの会社のサイトにあった求人募集のための動画の声よりも若々しく聞こえる。
やはりあの落ち着いた声は仕事用で、こっちがプライベート用の声なのだろうか。
「こちら星さんのお宅でよかったですか? お届け物です」
「はい、今開けます」
返事と共にエントランスの自動ドアが開いたので、僕は内心ドキドキしながら何食わぬ顔で中に入り、エレベーターで星さんの部屋に向かう。
緊張しつつも部屋の前のチャイムを押すと、すぐに星さんがドアを開けてくれた。
ああ、星さんの私服!
うわー、部屋着姿でもかっこいいなー。
初めて見るくつろいだ姿の星さんにドキドキしながらも、僕は伝票を差し出す。
「こちらでお名前間違えないですか。
よければサインか印鑑お願いします」
至近距離に緊張しながらも練習しておいたセリフを言うと、星さんは「サインで」と答えたのでボールペンを渡す。
やった! サインゲットだ! あの伝票とボールペンは宝物にしようっと。
あ、じゃなくて、このチャンスに部屋の中をしっかり見ておかないと!
僕は慌てて本来の目的を思い出し、室内の様子をしっかりと目に焼き付ける。
部屋といっても僕のワンルームマンションとは違って見えるのは玄関周りのわずかな空間だけだけれど、それでも掃除の行き届いた様子や、壁に飾ってある外国の海の写真や、靴箱の上にちょこんと置いてある彼の会社のマスコットキャラなど、十分すぎるくらいに彼の私生活を覗き見ることができた。
「はい、これ」
「あ、はい、ありがとうございます。ではお荷物こちらになります」
伝票を受け取り、代わりに荷物を星さんに渡す。
星さんはそれを両手で受け取りかけたのだが、何を思ったのか、その手をすっと引いてしまった。
「ああっ!」
バランスを崩した荷物は僕の手からすべり落ちて、床の上でガシャーンと派手な音を立てる。
きちんと箱に入っていたのだが、落とした角度が悪くて完全に割れてしまったらしく、箱からはワインの匂いがしてきた。
「あー、これは参ったな。
運送会社の方で補償制度とかあるよね。
君、とりあえず会社に連絡入れてくれる?」
「えっ……」
会社とか補償とか言われて僕は青くなる。
運送会社のことを追求されるとこの会社が実在しないことがバレて、芋づる式に僕が本当は運送屋ではないことがバレてしまう。
「も、申し訳ありません!
お願いですから会社にだけは内緒にしてください!
弁償でも何でもさせてもらいますから!」
僕が必死になって頭を下げると、星さんは何を思ったのかニヤリと笑った。
「ふーん、何でもするの?」
「はい!」
「じゃあ、せっかくだから弁償してもらうことにしようかな。
君の身体で」
そういうが早いか、星さんは僕の腕を引っ張って玄関ドアから半分だけ中に入っていた僕の体を玄関の中に引き入れてドアの鍵をかけてしまった。
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