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二度と会えない

 散々達巳を抱き尽くした後、結城は泥のように眠っていた。これ程セックスに没頭したのは、久しぶりだ。それもこれも、達巳が可愛くて仕方なかったからである。  それなのに。 「……達巳……?」  一度目を覚ました時、チェストに組み込まれたデジタル時計は朝の五時を示している。 しかし、クイーンサイズのベッドの上に達巳はいなかった。シャワーでも浴びているのか、とも思ったものの、音がない。不思議に思い、裸のままでトイレも確認してみるものの、やはりいない。星の付くホテルとは言え、それ程広い部屋を取った訳ではなかった。見渡せば、達巳がいないのは一目瞭然である。  嫌なら泊まっていかなくていい、とは言ったが、挨拶もなしに帰るタイプではない。律儀に、きっちり頭を下げて帰って行く……そう思っていたのだが。  ふと、チェストの上に支払った料金の入った封筒が残されている事に気が付いた。中を確かめてみれば、きっちり十万円が揃っている。料金も持たずにいなくなるか? いや、だとしたら店に支払う分はどうする。ここから、数万円が店にいくシステムだ。これがないと、達巳は自腹を切って店に金を入れる事になる。  意味が分からないながらも、結城は達巳を派遣した店に連絡を入れてみた。誰かはいるはずだが、なかなか繋がらない。仮眠でもしているのだろうか、と思った時だった。 『お待たせいたしました』  聞き慣れた内勤の社員の声がして、店名を告げる。 「あぁ、結城ですけど……ちょっと、聞きたい事があって」 『結城様、いつもご利用ありがとうございます。あの、ボーイに何か手違いでも……』 「金を忘れて帰ったみたいなんだけど、これどうしたらいいですかね」 『それは大変失礼いたしました。では、こちらから浩介くんに連絡してみますね』 「……ちょっと待って。こうすけって? 誰?」  聞き慣れない名前に問い返すと、社員が怪訝そうに言った。 『今日行ってもらった、浩介くん……ですが……』 「いや、俺んとこに来たのは達巳って言う、子犬みたいなヤツだったけど」  すると、社員の声が曇る。 『申し訳ありません……たつみ、と言うボーイは在籍していません。それに、私どもはお客様の好みもデータ化して残してありますので、結城様に子犬のようなタイプは間違っても派遣いたしません。ガッチリした男の子がタイプ、と最初に伺いましたので』 「じゃあ、今日来たのは……?」 『こちらでも、浩介くんに確認してみます。またご連絡差し上げます』  そう言って、電話は切れた。  どう言う事なのだ。  今日、自分の所に派遣されるはずだったのは〝こうすけ〟と言うボーイのはずで、その彼は社員曰く「ガッチリした男の子」らしい。達巳が偽名を使った、と言う可能性もなくはないが、タイプがまるで違う。間違っても派遣しない、と言う社員の言葉は少し怒っているようでもあったし、嘘ではないのだろう。  ならば、達巳の存在そのものが怪しい、と言う事になる。訳が分からず部屋をウロウロしていると、十五分ほどした頃だったか。社員から折り返しの電話が入った。 『お待たせいたしました。浩介くんが白状しました』 「白状?」 『具体的な内容についてはまだですが、どうやら、そのたつみくんに頼まれて替え玉として送り込んだ、との事です。金銭のやり取りもあった、とか』 「替え玉……」 『自分も初仕事で怖じ気づいていたし、金に目が眩んだ、と。詳しい事は私にも分かりませんが、どうも泊まり料金の二倍は受け取ったようです。もちろん、それは……』  もう、ほとんど社員の声は耳に入ってこない。どう言うやり取りを経て電話を切ったのかも覚えていなかった。気付いたら電話は終わっていて、結城はベッドに茫然と座り込んでいた。社員の言葉の意味は、ほとんど分からない。  替え玉。約二十万円の金銭のやり取り。理解できるはずがない。  なら、達巳は何者なのだ。何処から来て、何処で自分がボーイを頼んでいる事を知り、何故自分に好き勝手に抱かれるだけ抱かれて黙って帰ったのか。全てが謎だ。  ただ一つ分かるのは、自分はもう二度と達巳に会えない、と言う事だけであった。

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