3 / 67
第1話の3
箱館も奉行所から新政府とやらの「箱館府」に変わったが…
そのうち幕府の残党がこの箱館に攻めてくるというので街は大騒ぎとなった。
とはいえ、みな、逃げるところもない。
しかし、双蘭の店に客として上がっている越後屋の手代の嘉吉によると、
幕府の残党がやってくるのは箱館と北海道を自分たちの領地にして、
旧幕臣を養いたいがため。
この豊かな箱館を戦場にしたいというわけではないから大丈夫だという話だった。
親方は、上客になってくれれば誰でもいいのだし、
そもそも役所も変わって日が浅く、義理があるわけでもなかったから、
この箱館の実質的な実力者になった方をひいきにする気にすぐなっていた。
それに、江戸の本店の方の商いも、混乱する世情のために傾きかけていたので、
箱館の商いをやめるわけにもいかなかったのだ。
十月の末に旧幕府の連中が箱館近くに上陸すると、
たった五日で戦局は決まってしまい、函館の城である五稜郭は無血開城、
箱館は旧幕府の残党の占領下になってしまった。
そしてその半月後には北海道共和国樹立として、
在留の外国公館の大使などを招いた披露の宴があり、
箱館の支配者はここではっきりと変わったのだった。
最初は恐る恐る、新しい支配者達は箱館の街に入ってきた。
しかし、少し前までは幕府の領内であった土地でもあるし、
その頃の縁の者も多くいるので、最初のうちはさしたるもめごとも起こらず、
彼らは迎え入れられた。
が、そのうちじわじわと、あちこちから税のようなものや御用金のようなものをとり始め、
みなはうんざりとし始めた。
おかげで、双蘭も母恋も、もっと稼ぐよう親方に言われるようになっていた。
「お偉いさまで、やめようとおっしゃる方はいなかったのかねえ。」
鏡の前で化粧の仕上げをしながら双蘭が忌々しそうに言うと、
ひと足速く仕上げを済ませた母恋は、
「いいえ、お一人いらっしゃったそうですけど。」
「俺が聞いてもわかる人?」
「へえ、陸軍奉行の土方様。」
「陸軍奉行? お奉行さまかえ?」
「兄さん、ほんまに知らへんの? 土方様の事。」
母恋は呆れていたが、疎い双蘭は本当に知らなかった。
ともだちにシェアしよう!