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第1話の4
「ああ。」
「役者みたいなええ男で、剣の名人で、戦は負け知らずの大将。」
「すげえじゃねえか。」
「でもかつては人斬りの新選組の副長…」
そういう母恋の目は虚ろになっていた。
ふるさとの嫌われ者は母恋にとっても嫌いな者という事なのか。
それとも縁者に何かあったのか…
「ま、お目にかかることもないやろから、ええんどすけども…」
母恋の声も沈みがちだ。
ちょっと明るい雰囲気にしようと、言ったのがまずかった。
「そのお奉行様が客で来たらどうする?」
もともと双蘭は口下手だが…
「どうもしまへんわ。」
「御用金はご勘弁を、って、ボコなら言えるっしょ。」
すると母恋はうんざりしたように、
「そんなにお言いなら、兄さんがおっしゃればよろしいのや。
いつもの客のように、兄さんのお美しさで骨抜きにして。」
「ボコ!」
本当にいつものボコらしくない。
「お奉行様は男も女も百戦練磨とか。
兄さんの敵に不足はないんと違いますか。」
すっかりご機嫌斜めになってしまった。
それは、ただ次の客が嫌なためだけだっただろうか。
「親方はもっと稼げって言うてはるけど、お江戸と一緒でここもジリ貧ですやん。」
ここより知らない双蘭は何とも言い様がないのだが、
親方は思ったほど儲けが出ないといつも苛立っているようだった。
そして母恋はこんなことも言う。
「江戸にももうこんな店ないそうですわ。
そやさかい、うちこんなとこまで売られましてん。
時節に遅れて、すたれていくつとめと違いますやろか。」
その昔、陰間は舞台の役者であったという。
京の近くで、幼い頃から芸事をしつけられ、
旅の一座の舞台に立ったこともあるという母恋はその最後の一人だったのかもしれない。
たまにこうしてあたられることがあっても、
双蘭は母恋がうらやましく、一目置くのをやめることはできなかった。
店で一番の売れっ子といっても、自分は無芸であり、
見目で客をひき、寝ることで、とりあえずは売り上げが多いというだけだからだ。
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