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第1話の5

 双蘭は今年で十八になるが、幼い頃から実の親は無く、 「役者の子」「女の子だったら高く売れたのに」とその美しさをやっかまれているうちに、 養い親からいつしか今の親方の元に売られていた。 女の子ほどは高くは売れなかったらしいが。 少しずつ、同じような境遇の男の子たちが遊女屋の別棟に買い集められ、 少年ばかりの「ぎやまん楼」が始まったのだ。 ここだけの商売で、双蘭は一番最初の売れっ子だった。 しかし、一番の売れっ子…太夫だからといっても、 陰間のふるまいをどうやっていいのかも本当はよくわからない。 そのあたりは同じの親方と、それとなく江戸の同業の噂を客から聞き、 また親方の実家の廓の作法も取り入れている。 上方から流れ着いた母恋の経験も貴重なものだった。  双蘭は、りりしい顔立ちがいいと客に良く言われる。 男客にはりりしい少女を思わせる横顔がいいと言われ、 女客には、女のようななりでも隠し切れないりりしさがいいと言われ、 どちらからも引きがあった。 ぽってりした唇のなまめかしい京美人といった風情の母恋はほとんどが男客ばかりで、 あとは宴会で異人に評判が良かった。 三味線も踊りも、親方の店の中では一番だったからだ。  そしてその日も、秘密の会合でもあったのだろう。 女ばかりの松葉楼の方に初めての客を連れた越後屋の嘉吉が来るというので、 母恋は芸者代わりに呼ばれていくことになっていた。 が、母恋一人が男であることを告げると、 新客は「男ばかりの店の方が気が置けなくていい」と、 ぎやまん楼の方に上がることに急遽決まったという。 それで双蘭までが駆り出されてしまった。 双蘭は嘉吉の人柄も大好きだった。 見たことも無い「お上」や何かよりも、 この箱館の賑わいを決して絶やすものかと意気込んでいる嘉吉のほうが、 よっぽど身近で頼もしかったからだ。  宴といっても陰間屋でやるものだからたかがしれている。 双蘭は親方が何か言いかけたのを振り切るように自分の部屋の座敷へと、 客の前へと出てしまった… そしてやや面食らった。 嘉吉の連れは四、五人ばかりの、 珍しい黒羅紗の軍服に身を包んだ男達だったのだ。 双蘭が慌てて挨拶をすると、三十前後だろうか、 もう髷(まげ)のない洋髪の、首領格らしい男が口を開いた。 「へえ、こいつはいい。こんなに華があるのにべたべたしたところがないのはいい。」 すると他の男達は笑い出した。 「お奉行、いや隊長がそんなことをおっしゃるから…」 言われれば、隊長と呼ばれる男自身もどこか役者のような整った顔立ちで、 その彼が、似たりりしさのある双蘭を褒めたのが可笑しいのだという。 しかし、その隊長付の小姓らしい、双蘭より若そうな侍だけは笑わなかった。  改めて双蘭は隊長ともお奉行とも言われる男の顔を見た。 笑顔だったが、どこかそれは寂しげで、しかし男自身はずいぶんと胆の据わった、 頭領らしい人物に見えた。 それはこれまで戦をかいくぐってきたからだと、双蘭にも気がついた。 そこで、ようやく嘉吉が、 「お奉行様、こちらがこのぎやまん楼一番の売れっ子の双蘭にございます。 双蘭、こちらは陸軍奉行の土方様…」 まさか、と双蘭が驚いていると土方は、 「堅苦しい挨拶はいい。 今日はめいっぱいみなを楽しませてやってくれ。」

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