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第1話の6

土方は、まあ一献、と手ずから酌をしてくれそうになるので、 双蘭は驚きながらも土方ににじりより、杯を受け飲み干した。 「おお、いい飲みっぷりだ。さ、もう一杯。」 そのうち母恋の三味線が鳴り始めるが、 踊るのは母恋の弟分の輪西(わにし)なので、 双蘭よりは踊れるという程度だ。 京での遊びに慣れているであろう土方には恥ずかしいと思ったが、 真剣に見てくれた。 「嘉吉はあんなことを言うが、なかなか上手いもんじゃないか。」 などとほめてくれる。そして本音が出る。 「私の部下達にはみな苦労をかけている。 だからたまには慰労の一つもしてやりたいが… 御用金のことでごたついている箱館では、 女をあげ酒をくらったなどとすぐに槍玉にあげられてしまうだろう。 それもあんまり気の毒でさ。」 そして嘉吉に、 「そんな時にこんないい穴場を提供してくれるとはさすが越後屋、 たいしたものだ。」 すると嘉吉はしれっと、 「確かに女いらずの穴場ではございますが、 このぎやまん楼さんも御用金の名簿にはしっかり入ってございます。」 「…さようか…」 土方は困った表情を浮かべたがすぐに、 「ならばその分、俺が埋めるしかあるまい。」 と、不敵な笑みを浮かべた。  とはいうものの、もちろん土方は色を求めて来たわけではない しかし、その時、土方の上体が少しだが不自然に揺れた。 まだ酔いが回るとも思えず、嘉吉は、 「お奉行様、お疲れなのでは?」 と言い、双蘭に、 「太夫、ここじゃなんだから、どこかにお休みいただける部屋はないかい?」 言われた双蘭が一瞬困ると、双蘭付の金剛の熊八が、 「それでは母恋太夫のお部屋でお休みいただきましょう。」 しかし、肝心の土方は、 「いや、私はここでいい。私の敵娼(あいかた)はこの…双蘭なのだし。」 ひゅうひゅうとはやされるが、双蘭はなぜか自分でもわからない気持ちになる。 自分の部屋には今頃馴染みの客が来ているはずだったから…はずだったのに…? 「鬼の居ぬ間に洗濯、とも申しますよ。」 嘉吉の言葉に、また小姓だけは笑わず、私もお供致します、と立ち上がろうとする。

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