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第1話の8
市村がまたむっとして何か言い返そうとしたところで土方は、
「たしかに新選組の時はそうだった。だが残念なことに、
新選組はもうないようなものだ。」
そういう土方の口調はさっきまでのものとは全く違った。
双蘭は後悔したが、うまい言葉が出ない。
「市村も俺と同じ生き残りだから、こいつといると、
まだ新選組があの頃のままのような気がする。」
するとまた土方はいたずらっ子のような目をして双蘭に、
「まあどっちにせよ、俺には男色は禁止ということだ。」
双蘭はほっとしたが、すぐに土方は市村に向かって、
「少しここで休ませてもらう。頃合を見て起こしてくれ。」
と、夜具を引っかぶってしまった。
「お小姓はべらせて、さすがは信長公の生まれ変わりですなあ。」
と、嘉吉はまた軽口を叩いたが、
客を置いてこの部屋から双蘭が出られないことに気づき、
「太夫もいてとは両手に花だ。」
と言うと、仕方なく元の座敷へ戻って行った。
それを案内しないわけにいかず、
さりとて三人を残していくのを心配しながら、
熊八は嘉吉の後を追った。
二人が行ってしまうと、双蘭は市村に詫びる意味で、
「両手に花なんてとんでもねえ。俺なんてただの陰間で、男地獄だし。」
「おじごく?」
その言葉すら知らない市村の初心(うぶ)さが双蘭には痛かった。
「そ、その、お客を地獄に引きずり込むような、
その、口にできないようなつとめ、ってことで…」
「あ、ああ、そうか…」
「市村、静かにしろ。」
寝ているはずの土方だった。
双蘭はその気遣いが嬉しくて、火鉢の火をそっと確かめた。
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