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第1話の9
部屋がようやく暖まり始めたころ、宴席がわっと盛り上がる声が遠くに聞こえたせいか、
土方は目をさましたようだった。
「うとうとしちまったよ。いい夜具に、いい部屋だ。」
というと体を起こし、
「そろそろ戻るとするか。」
と、市村に話しかけながらも、
「いい部屋だ。二度とこられないのはもったいねえな。」
その時、どうして双蘭にはあんなことが言えたのか。
「あちらの私の部屋の方がよろしゅうございますのに。」
「なるほどな。こっちは副長の部屋で、隊長のお前の部屋の方がいい道理だわな。」
「はい。」
「わかった。考えておこう。」
そう言い置いて土方が市村と部屋を出ていくなり、
双蘭は一人、へなへなとその場に座り込んでしまった。
―どうしたんだろう、俺。どうしてこんなに気が張るかな。
いくら相手がお奉行様だからって…
でも、本当はそういうことではないような気がした。
―あの人は何かが違う…というか…
自分の気持ちがどうもいつもと違うのだ。
でもそのもやもやについてはこれ以上考えるのは良くない気がした。
そう思った瞬間に、もう、いけなかった。
忘れて、考えないことだ、と双蘭は思う。
でも…宴の後はどうなるのだろうと考えると、カッと体が熱くなった。
―そんなこと、あるわけねえじゃねえか…
「太夫、太夫、早くお運び下さいよ。」
気がつくと、不機嫌そうな熊八と、
母恋付きの金剛の吉次の二人が不審げに自分を見ていた。
宴に戻っても、母恋にちらっと不審そうな目を向けられたのは気になったが、
その他は特に変わったこともなかった。
土方達は、初会のことなのだから、と昔風の律儀さで、
何事も無くきれいに帰って行った。
ただ、土方は市村のいない隙に、
「必ず裏は返す。」
と囁いてはくれたのだが。
(この章終わり)
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