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第2話の6

 次の夜には、土方は嘉吉だけを連れて二度目の登楼をしてくれたからである。 「恋しい恋しいって文が来たからさ。」 そう言って土方は笑みを浮かべたが、 双蘭は胸の高鳴りを覚えてしまい、 笑顔を返すのがやっとだった。  とはいえ、こんな時も親方は吝嗇(けち)なので、 男芸者も幇間(ほうかん)も呼ばず、母恋の三味線と輪西の踊りである。 男ばかりで、が土方の所望とはいえ、あんまりだと双蘭は思ったが、 土方はなかなか楽しんでいる様子だった。  そして…双蘭は土方にべったりで酌をしていたのだが、 土方は困ったことを言い出したのだ。 「双蘭の踊りも見てみたいな。」 双蘭は絶句した。 けちな親方は、所作の美しさが身に着けば、 と双蘭をほんの少ししか踊りの師匠につけてくれなかったから、 双蘭は仕込みっ子が最初の頃に覚えるような簡単なものしかできないのだった。 だが土方は何を思ったか、 「困った顔もいいぞ。さあ、踊った踊った。」 それを聞いた嘉吉はようよう、と冷やかしたが、 母恋の三味線は輪西が踊っていたのと同じ曲をもう一度弾き始めた。 それすら双蘭は踊れない。それを知った上での嫌がらせだった。 そんなことを母恋にされたことが驚きで、双蘭は頭の中が真っ白になった。 が、嘉吉が、 「母恋太夫、双蘭太夫がお好みのものをひとつ。」 と、助け舟を出してくれたので、 母恋は仕方なく簡単な「磯のちょぼちょぼ」を弾き出し、 自分の悪だくみをばらすことになった。 「あいつも惚れさせちまったかな。」 焦りを隠せず目を伏せて弾き続ける母恋の横顔に目をやりながらくすっと笑った土方を見て、 双蘭の中の何かが弾けた。

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