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第2話の13
「まだそんなことを言うのかい。だめだ。」
そして親方は番頭の庄助に向き直ると、
「いいね、嘉吉さんには母恋ということで。」
はい、と、番頭が、それでも双蘭を気にしながら立ち上がり、
その姿を双蘭は絶句したまま、ただ見送るばかりだった。
「さ、熊八、次の支度を太夫に。いつもの若後家さんかい?
それとも松島屋のお内儀かい?
お得意様を大切にしてくれないと困るよ。」
親方の言葉は酷かった。
もう双蘭の思いもかけない幸運は逃げてしまったと言いたいのだ。
ただ一つ良かったのは、誰も双蘭の本心に気付いてはいないということだった。
みんな双蘭が土方に本気とは思いもよらず、
上客を逃すかどうかの瀬戸際で焦っていると思っているのだ…
ただ熊八だけは双蘭の変化に気付いているのか、いないのか…
「まあ太夫、しばらくは女のお客で良かったんじゃないですかい。」
熊八に言われるまでもなく、実はここのところ男の客は減っていた。
箱館の世情が戦に向かっているからだろう。
だがそれは双蘭をはじめ、この店の売り上げが落ちてきているということでもあった。
そのうち双蘭に「男っぽいなりをしてほしい」と注文を付け始めた女客たちもここには来られなくなってしまうだろう。
なぜなら、ここに来られるような金のある女客は、
自分の商売では男並み以上の働きをしている者が多いから…
「あの、新選組の土方様のお相手をしたんだって?」
そんなことを双蘭の部屋に来るなり切り出したのは、
忘れもしない相模屋の若後家だった。
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