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第2話の11

 それでもあっけにとられている双蘭の視線を感じたらしく、 土方はちらと目をくれると一言、 「帰る。」 とだけ言った。 機嫌がいいのか悪いのか双蘭には全くわからず、 「あの、あの、次はいつお越し下さいますか?」 と、畳の上に両手をつき、懇願するようにいつしか叫んでいた。 立ち上がっていた土方の目を見る勇気はなかったが、 土方が黙ったままなので、どうにか双蘭は顔を上げ、土方の顔を見た。 「それは俺にもわからねえな。」 と、部屋から出て行く。そこで熊八が行きあったらしく、 「お奉行様、もうお帰りで? 朝餉の支度をしておりますが…」 「いやあ、いい。もう帰らないとみんなが心配する…」 まだ開け放たれたままの障子の向こうの二人の声が、 双蘭には遠くに聞こえた。  が、来合わせた吉次に案内を頼むと、 熊八は双蘭の部屋に入ってきて… 何かを察したらしい。 「太夫、いったい何が…」 双蘭は答えることができなかった。 が、熊八は、 「太夫、お見送りだけはなさらねえと…」 と、身じまいをさせてくる。  双蘭と熊八がやっと玄関に着くと、 土方は刀を受け取りながら親方と挨拶を交わしているところだったが、 双蘭の方にちらっと目をやり、 それから親方の庄左エ門に、 「太夫の腕は大したもんだった。いい太夫だよ。」 「おそれいりましてございます。」 では世話になった、そう言い置いて土方は馬上の人となった。 嘉吉の姿は見えなかったが、 小姓の市村がつきそっていた。  土方の姿が見えなくなると、親方も何かを察したらしく、 双蘭に訪ねてくる。 「お前らしくもない。何かあったのかい?」

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