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第2話の20
すると嘉吉が脇から、
「とにかくお奉行様はご多用でいらっしゃるので…
でも私が親方の文の趣を申し上げましたら、
双蘭でなければ嫌だ、とおっしゃって…」
その言葉も嬉しく、しかし土方に本気と悟られては困るので、
親方の手前、双蘭は冷静を装うのに苦労する。
「ですので、お体が空き次第、すぐにいらっしゃるのではないでしょうか。」
「そうですか、では双蘭がこれまで通りお相手をつとめるということでよろしいんですね。」
「はい。お奉行様は双蘭太夫のことをとても気に入られているご様子で…
母恋太夫という話がどうして出たのかわからないとも仰せでした。」
それでも親方はしつこく、
「まあそれにしても、実際にお越しいただかないことには…」
「お気持ちはわかりますが…お奉行様は追加の御用金集めをまたお一人で反対され、
今度は通されたそうですから…」
そこで嘉吉の顔はやや険しくなった。
が、双蘭にはまた笑顔を向けた。
それは双蘭のことを土方が優しい気持ちで嘉吉に語ったためだろうと双蘭は思った。
が、そこまでで双蘭は親方の部屋から帰された。
嘉吉と何か話があるのだろう。
双蘭はいそいそと自分の部屋に戻ると、再び文を広げていた。
癇性があるような、でも優しい筆跡。
それは土方の人柄そのものだと双蘭は思った。
愛しくて、何度もその文をかき抱いた。
障子から差し込む日差しは、箱館の二月初めらしくもなく、暖かかった。
(この章終わり)
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