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第3話の1

 相変わらず土方は来ない… 親方はまた嘉吉を通して文を書けと言うが、 あまりしつこいのも嫌われるだろうと、双蘭はその言いつけには従わなかった。  親方に檄を飛ばされ、抱え子はみなごぶさたの客に文をしたためたが、 戻ってきたのはほとんどが女客で、密かに双蘭はほっとしていた。 とはいうものの、その数も少なく、とうてい親方の目指す売り上げにはおよびそうにもない。 宴会もほとんどなくなっていた。 「雪解けになれば戦なんだよ。 その間は店は閉めなきゃいけないんだから、今のうちに頑張っておくれよ。」  親方の、「戦」という言葉に、そこに居合わせたみなはおののいた。 これまで目を背けてきた災厄が、本当のものになろうとしているのだ。 強欲な親方はびくともしないようだが、 ここまでも鉄砲の弾が飛んでくるのでは、 砲弾が落ちて店もろともみな吹っ飛ぶのではないか… そちらの方にみな慌てる。 そして親方が言うからには脅しなどではなく、 嘉吉や同業の寄合で聞いた確かな話だろうと思うと、 ますます恐ろしくなってくる。 土方たちの幕府方が箱館を占領した時は、 町では戦らしい戦はほとんどなかったのだから、 誰もこれからがどうなるのか見当もつかない。 そんなことを口々にわめきあっているところで、 双蘭の隣にはいつしか母恋がにじり寄っており、 「兄さん、お奉行様にそこのところを伺ってみてはどないですのん?」 と、冷ややかに囁かれた。 双蘭はびっくりして母恋の顔を見つめるばかりだった。 「あ、いえ、あのお方ほどお詳しい方もおられぬやろと思いまして… 店の者はこないに大騒ぎですし…」 ようやく双蘭は、 「俺みたいな陰間なんぞに教えてくれるわけがないっしょ。」

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