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第3話の5
でも、忙しい土方が女を作る暇もあるとは思えない…
いや、あれほどの人だから女も寄ってくるだろうが…
しかし、何よりこの店に初めて来た時、
「男ばかりでべたべたしたところがなくていい」と言ってくれたのだ。
でもあの夜、お奉行様は自分を抱けなかった…双蘭の思いは千々に乱れる。
「はい、太夫、まず気になるところは?」
「…お忙しいと伺い、お体が心配でなりません…」
言いながら、土方の文を思い出していた。
「おれもしごとで…」とあったからには、
双蘭もつとめで忙しいと思っていたであろう…
その「つとめ」はというと…土方はそこまでは考えなかっただろうと思うことにする。
それは寂しいような、でも、ほっとするような…
熊八の下書きを番頭に清書してもらっているのを、
もどかしくて双蘭は帳場で見ていた。
そこに通りかかった親方が、それを見るなり、
「双蘭が文なんて近頃珍しいじゃないか。お相手はお奉行様だろうね。」
と決めつけるのに、双蘭は作り笑いをどうにか浮かべ、はい、とだけ答えた。
嘉吉のすすめだとは言わなかった。
言えば、必ず土方が登楼するものと決めてかかられるのは目に見えていたからだ。
「恋しい」「会いたい」とは書いたが、会えなくてもいい、
でも少しでもお奉行様の慰めになれば…
それが双蘭の、文にしたためた本心だった。
文の返事が来るまでそう日数はかからなかった。
越後屋の丁稚が嘉吉の文を帳場に届けてきたのだ。
文には明後日、土方の一行が登楼するので、
双蘭は必ず宴会から顔を出すようにということだった。
番頭からそのことを聞いた時、双蘭は信じられなかった。
熊八に声をかけられ、ようやく我に返ったほどだった。
「太夫、さあ、今から衣装選びしねえと。」
その前の日の昼間にはなじみの女客が入っていたのだが、
もう二人にはそれどころではなかった。
(…この後は、しばらくは会えないかもしれない…)
せっかく会えるというのに、双蘭の心配はそっちの方だった。
いや、本当はそれすら嘘だった。
雪が解けたら土方はどうなってしまうのか、
そして自分はどうなるのか…その不安から目をそらしたかったのだ。
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