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第3話の6

 親方に言われた通り、なじみの女客には、 店でではなく待合茶屋で会ったのだが、 寝物語にこんなことを言われた。 「この前、新撰組が市中取締を厳しくしたばっかりなのにさ… やっぱり町の中は物騒だわね…」 新選組、と突然言われただけで双蘭はどきっとしてしまい、 それを見透かされて女には嫌な顔をされた。 当てこするように女はこうも続けた。 「町中にはもう官軍の密偵がうようよしてるって話なのに、 幕府方の下っ端はその辺の店に上り込んでゆすりたかりをやってて、 みんなに嫌われてるべさや。 官軍が上陸してきたら、地の者はみんな官軍の味方になるんでないの。」 そう言い終わると、女は双蘭には背を向けて身じまいを始め、 別れ際も珍しく祝儀もくれず、次の約束もしてはいかなかった。 それは、つとめの間も土方のことが気になって双蘭のあしらいが悪かった、 というより、土方と通じていることが嫌がられたような気が、双蘭にはしていた。  茶屋で女とは別れ、迎えに来た熊八と、久しぶりに歩いた町の中は、 確かにすさんでも見えた。 小料理屋など、何軒も戸を閉め切って、商売をしている気配がない。 松葉楼と同じような店二軒ほどは、ひっそりとしていて、 店の前に前にいつもの愛想良い客引きなどではなく、 物々しい顔つきの用心棒をうろうろさせている店もあった。 店の中だけではわからないことだと双蘭は思った。 するとそれを察したかのように熊八が、 「うちはまだ無事ですが、 松葉楼の方には難癖つける幕府方の小者が店先にちょろちょろ現れるそうですよ。 銭を渡して帰ってもらってるって話で…」 御用金の話がたびたび出るくらいなのだから、 確かに幕府方の内証は苦しいのだろうが、 だからといって遊女屋にまでたかるとは… 確かに、いくら土方がいるとはいってもやはりあの女客が言っていたように、 もう幕府方には先が見えているのかもしれなかった。

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