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第3話の8
そのくらい、土方と二人きりの時刻(とき)が控えていて気が張っていたためなのか…
それとも…他の理由(わけ)があるためか…
その日の双蘭は宴に入り込めない気がした。
どこか傍目になっている自分がいた。
また、土方に所望されて双蘭は「磯のちょぼちょぼ」を踊り、
みなの拍手喝采を浴びたが、何か、この楽しいひとときに、
切なさのようなものを感じ始めていることに気づいた。
(ここにいる人たちと、またこうして宴を楽しむことはあるんだろうか…)
縁起でもないが、そんなことまで考えが及ぶ。
でもすぐに、もし二度と楽しむ日が来なくても、
それはみんなの身にいいことがあって、
この地を離れるためなのだろうと思うことにする。
その時、嘉吉に呼ばれたので酌をした。
嘉吉も楽しそうに盃を空け、双蘭にだけこんなことを言う。
「箱館の色町は関東よりこっちで一番大きいですからね。
みなさんもお喜びだ。」
腕を認められ、江戸からこっちの商売を任されている嘉吉が言うのだから確かなのだろうが、
双蘭にはこそばゆい。
しかし、双蘭は仕方なくやんわりと本音を言う。
「…でも、こちらは人数が少ないですから、芸が今少し…」
「そんなことはありませんよ。
現にこうしてお奉行様が何度も足を運ばれているじゃないですか…
おっと、それは太夫のせいでしたね。」
悪意のまったくない嘉吉のその言葉が、双蘭には嬉しかった。
土方と自分が本当に深い仲のように思われて…
と、その時、
「双蘭。」
土方が呼んでいた。
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