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第3話の9

「お前が会いたいというから来たのに、 その態度は何だ。 嘉吉とばかり…」 そんな土方の冗談に、みな笑った。 母恋の笑顔も久しぶりに双蘭の目に入った。 そして双蘭が土方の脇に戻ると、みなの目には目立たぬようにさりげなく、 祝儀を手渡された。 「さっきもよく踊ってくれたからさ。」 双蘭はちょっと寂しいような気もする。 やはり土方は客で、高嶺の花の遠さに感じられたからだ。 すると土方は母恋も呼びつけた。 意外なことが嬉しかったのだろう。 いそいそとやってきた母恋にも、土方は祝儀をくれた。 「お前もよくこの場を盛り上げてくれたからな。 それと、俺が来ない時も、双蘭を頼む。 何かと助けてやってくれよ。」 最後の一言がひっかかったらしく、 あっという間に母恋の顔から喜色は消え、 それでも形だけは、へえ、おおきに、と祝儀を押しいただいてから、 何かを紛らすように、輪西から三味線を取り上げるようにして弾き始めた。 それを見ていた土方は、双蘭にだけ聞こえるように、 「あいつもいい奴だから、もっと話がしたかったが…訛りがな…」 土方はそれ以上は言わなかった。それでその言葉に双蘭は妬けなかった。 京でのことやこれまでの大変だったことを思い出されるので土方はつらかったのだろうと思って…  宴がお開きになり、みなが口々に楽しかったと言いながら引き揚げてしまうと… 土方は双蘭の部屋に案内される。 土方を少し待たせてから、部屋に入った双蘭は… 行燈のほのかな光に照らされた土方の姿が目に入るなり、 胸がいっぱいになってしまって何も言えなくなった。 それを見かねたらしい土方が、 「双蘭、宴も楽しかったが、二人でしっぽり飲みなおそう。」 と笑顔で誘ってくれた。

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