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第4話の2
(でも…私のことを<最後>とおっしゃってくれた。
男でよかったとおっしゃってくれた…)
もう、登楼のとっくの前に、死地におもむく覚悟は決めていらしたのだ。
…あの、ほどよくたくましい体に…兄貴分のようなあたたかい口ぶり…
それを振り切るような、口止めの時の冷やかな態度…
それは死にに行く目前には、男のぬくもりにすら触れたくないという意味もあったのだろう…
まあ、自分はゆきずりの陰間にしか過ぎないわけだが…
(お奉行さまの脚が、砲弾か何かでふっ飛ばされて無くなったりしても、
私が脚となってさしあげるのに…)
よっぽど双蘭はそう言いたかった。
親方の目も気になるが、双蘭には寝床から起き上がれない日も続くようになった。
仕方なく、双蘭目当てのわずかな客は、親方が母恋を代わりに立てた。
母恋に横取りされたら…と思う気力も、双蘭にはわかなかった。
その様子に困り果てた熊八が、
「太夫、せめてお奉行様に文などしたためては…」
と言いだした。
熊八の魂胆はわかっていた。
文をしたためている間は少しは自分が元気になると思っているのだろう。
しかしその文は永遠に土方には届かないだろう。
嘉吉に届けるふりをして誰かが握りつぶすのだろう。
運よく届いたら…でもそれは土方の命令に背くことになる。
祝儀をもらったあの時、土方には自分は形の上では縁切りをされたのだから...
三月が近づき、幕府方が戦艦で仙台あたりまで攻めのぼるという噂が町に流れた。
箱館の町も戦にそなえて空気がひりひりしているらしく、店には本当にお客が来ない。
親方はたまらず、とうとう江戸の実家に借金を頼み込んだ。
しかし、このご時世、実家である江戸の遊女屋にも余裕などあるはずもなく、
金貸しに口をきいてくれただけだった。
それでも親方は致し方なく、その江戸の金貸しから借金をした…
「早く官軍の世になってくれた方がいいかもしれない。薩摩は男色が盛んだっていうからね…」
そんなことを親方が番頭にささやいていたとも店中で噂になっていた…
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