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第4話の8

 それでも、次の日も、その次の日も、双蘭は母恋にも、 その他の誰にも話しかけることができず、部屋の片隅にうずくまっていた。 そんなことが親方の目につかなかったのは、店の内も外も大騒ぎだったからだ。 市街戦になってはと避難していた者たちが一気に、 荷を載せた大八車や大荷物と一緒にまた戻ってきたからである。  親方は、荷物を預かったり、店の男衆を用心棒に貸すなどして小銭でもいいから稼ぎたいと思ったらしかったが、 まっとうな商売の人間は、女郎屋の人間などはなから相手にしなかった。 「太夫たちの部屋だって空いているんだから…」 太夫の立派な部屋、といっても双蘭も母恋も、 今は客を取る時しかそこは使えないことになっていた。 そこにいったい誰を泊めようというのか、何を預かろうというのか、 抱え子たちはみんなあきれてしまった。  が、しかし、少しして親方は本店の「松葉楼」の女郎たちを連れてきた。 数日こちらのぎやまん楼に泊めるという。 何かと思えば、松葉楼の方に用心棒もつけて、 知り合いの金貸しの一家とその親戚たちまでを泊まらせ、 荷物も預かることにして、少しまとまった金をもらったのだという。 「こっちに泊める方が良かったんだが、 何せおかみさんが娘ぐらい若いから、 双蘭たちにほの字になったら困るって言われてねえ…」 と親方は苦々しく言ったが、 よく宴会で一緒になる母恋を女郎たちは<兄さん>と呼んで慕っていたので、 いがみ合いなどにはならなかった… …とはいうものの、まあ、彼女たち同類の、諦めたような目の中に、 ぎやまん楼の男たちへの思慕のようなものが見える気は双蘭もしたし、 男たちの方も似たようなものだったが… 何かが起こったかどうかは、双蘭は知らない。 どうでもよかったからだ。  松葉楼も普段通りになり、ふところが少し暖かくなった頃、 親方はかなり落ち着きを取り戻した町へと出かけることが多くなった。

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