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第4話の12

「双蘭兄さんには遠く及びませんが、私もこれからいっそう自分に磨きをかけようと思います。 それで女のお客さんにもずっと可愛がられるようにします。 男のお客さんにも、とうが立とうが母恋でなければ、と言わせてみせます。 これまでの陰間に例がないというなら作って見せます。 親方がおっしゃるように、この土地の名物にしてみせます。」 そして双蘭の方を見て、 「兄さんも、同じお気持ちですやろ? 」 その母恋の目を見た途端、双蘭にだけはわかった。母恋の本心が。 だから負けたくなくて言った。 「うん。私も同じようにやりたいと思う。」 そして親方に向かって殊勝に言った。 「…先を越されてしまいましたが、私も同じように一生懸命つとめます。 親方、これからもよろしくお願いします。」 「うむ。よくぞ言ってくれた。二人ともよろしく頼むよ。」 と、親方はほっとしたように言い、 他の抱え子たちの前でも同じことを言うようにと、 みなに身支度をさせ、帳場の前に集めた…  でも、母恋の本心は、商売のことじゃない…お奉行様への心中立てだ… 双蘭はそう思った。  この商売から解き放たれて、誰かのものになるとか、 所帯を持つとか、そんな風になることが許せないし、 まわりに縁組をお膳立てされるのも嫌なのだ。 ずっとお奉行さまのことだけを想っていきたいのだ…  双蘭は複雑だ。自分はお奉行様と夜を過ごすことができただけに、母恋にはすまないような気がしてくる。  さらには、母恋と同じ道を選んだのでは、同じようにお奉行さまへの心中立てはできても、 母恋にはできなかった、お奉行様との約束をたがえたことになってしまう。 (…でも、俺には、こんな商売しかできねえし…) 自分の無力さにがっかりしながらも、 (…どうせお奉行さまの仇たちは客にはならないのだし…) 情けない話だが、出会う人物に何かきっかけがもらえるかもしれない… たまらなく、越後屋の嘉吉が懐かしかった…

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