61 / 67
第4話の14
…熊八と吉次が何かとかばってくれるのはありがたかったが、
ずっと、太夫、太夫、と持ち上げられてきた身が下働きというのも何だかつらく、
店の女たちには冷やかな目で見られ、いいことは何もなかった。
順吉なら三味線でお座敷に出られそうなものだったが、
陰間上がりの男はもう客が相手にしてくれなかった。
しかし、順吉は双吉にも増して男衆の雑用仕事になじめなかった。
それは三味線も唄も踊りも、
これまで自分を支えてくれていたものすべてを取り上げられたような気がしたからに違いなかった。
その一方で、人知れず、双吉も順吉も、
親方の手引きでそれぞれかつての女客に買われそうになったが、必死で断った。
商売が冷え込む冬・二月の頃だった。
ぎやまん楼という舞台も、華やかな衣装も化粧もなくなったというのに、
どうしてあの頃のようなつとめができただろう…
順吉に、他の男衆が誰もいないたまり部屋に二人きりになった時、
あらたまった様子で話を切り出された。
三月もなかばのことだった。
「すんません兄さん、うち、上方へ帰ることにしました。」
驚きのあまり、双吉には返す言葉がなかった。
が、やっと、
「でも、どうやって…?」
「吉次…さんが話をつけてくれまして。
前のお客の知り合いに、旅役者がいるんでその人の一座に…」
双吉はどうにか、
「寂しくなるけど…良かったな。」
すると、順吉は、これまで一度も見せたことのない泣き顔になって、
「兄さん、堪忍な…」
「なあんも、気にするなって。」
双吉は唯一の身内で戦友のような気がする順吉の、肩を優しく叩いて励ました。
無芸の双吉にはなんのあてもない。
ぎやまん楼という舞台が無ければもう双吉には自分に対して何の取りえも、
存在する意味も感じられなかった…
それでも、寂しかったが順吉の旅立ちは素直に喜べた。
でも、やっぱり土方のことは、もう二度と話せそうになかったけれど…
ともだちにシェアしよう!