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第4話の15
親方たちへの挨拶も済ませ、順吉が店を離れる日は、港まで見送りに行ったのは
双吉だけだった。
本当のところは、さっぱり使い物にならないので、
その時刻に店にいなくてもいいと思われたからのようだったが、
でも、双吉は順吉の門出に立ち会えて嬉しかった。
順吉は船代と、親方への御礼金を貸してくれている渡り商人に連れられ、
船に乗り込んで行った。
「体には気をつけてな。」
「兄さんこそ、ひと旗あげたら呼んで下さい。
三味線でも弾かせてもらいますさかいに。」
順吉の言う「ひと旗」が双吉には空しく聞こえたが、
それには何も言わず、笑顔だけを返した。
順吉は泣いていた。双吉も…でも、唇をぎゅっと噛みしめた。
そして順吉は連れに急かされ、仕方なく、振り返り振り返り、船の中へと消えていった…
船を見送る元気はもう双吉にはなかった。
いや、元気ではなく、勇気、というべきだったかもしれない。
(…これで俺には何にも残らなくなっちゃったな…)
順吉はまたしばらくは借金を背負うようだが、先の望みというものがある。
(…でも俺には…)
土方の思い出も、順吉がいなくなったら半分になるような気がする。
あとあるのは思い出というには悲しすぎる、あさましい…太夫としての日々だ。
あの頃と続いているように思うのは、
店の他の者と違って給金を一切もらっていないせいもあるかもしれない。
双吉には身寄りがいないので、店で寝起きし、飯もあり、
粗末なお仕着せとはいえ、服まで与えられていれば御の字だと思う。
陰で熊八たちが親方に、双吉にも給金を、と頼んでくれているのは聞こえてきていたが、
金なんて地に足がついている人間が持つものだから、
自分のようなものには無縁だ。
そんなことを考えて、ようやく海の方に振り返ると、順吉を乗せた船はもうはるか彼方だった…
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