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第4話の17
初めて乗る馬そりの思わぬ心地よさに双吉が驚いていると、
並んで座って親しみがさらに増したものか、喜十郎はいろいろと話しかけてくる。
「そういや兄貴分と言えば、戦で命落とした土方様って知ってるか?
幕府方の、新選組の…」
双吉はどきっとしたが、喜十郎は別の意味に取ったらしく、
「そんな怖い人でもなかったようだよ。情けのわかる方だったんでねえのかな。
町の者の苦しい暮らし見て、御用金の取り立てはやめさせたっていうし、
なんたって、この箱館では女子(おなご)でなくてお稚児さん囲ってたっていうからなあ…」
双吉は興味がないような風を装って無言だった。
が、それも何だか変かと思い、はあ…とあいまいな相槌をうった。
「粋なお方だったんだろうけどもな…そのお稚児さん、今どうしてるかな。
後追いなんかしてないべな。」
と、喜十郎は初めて、つらそうに遠くを見やった。
声が暗くなっていた。
双吉は不思議な気分だった。
そしてその様子がこの男らしくない痛々しさに見えて、
何とも言えない気持ちになった。
それで、どうにか平静を装って、
でも喜十郎を励ますような気持ちも込めて言った。
「…お奉行様に囲われるほどの男なら、いくらかよわいお稚児さんでも、後追いなんかしないんじゃないですかね。
お奉行様のお目にかなう男なら。」
…果たして土方を失ってから今日までの自分がそれにふさわしい生き方をしてきたかといえば、かなり不安だったが。
すると喜十郎はほっとしたように、
「…そうだな。いくら優男でもな。」
喜十郎がなぜ「優男」という言葉をよく使うのか、少し気になったが、
すると、喜十郎は思い切ったように、
「似てるのよ、お前さんが。
こんなこと言うのもあれだけどな、俺の死んだ末っ子の息子に。」
見ると、喜十郎は必死で涙をこらえている。
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