7 / 41

第7話

 レイはサーシャの話を聞き終わると、深く溜息をつきながら言った。 「この二十一世紀の世の中に、呪いなんてものを真剣に信じてる人間がいるとは思わなかった」 「はあ? でも事実、ツタンカーメンのお墓を発掘したカーナヴォン卿は、その後すぐに亡くなったじゃない」 「あれは呪いでもなんでもないよ。蚊に刺されたのが原因だ。刺されたことで丹毒を患い、それに気付かずに髭剃りの際に刺された痕を傷つけて、敗血症になったのが直接の死因なんだ。しかも原因になった虫刺されだって、刺された場所はツタンカーメンの墳墓から何十キロも離れた静養地アスワンだったんだよ? それをツタンカーメンと無理矢理こじつけただけ。この話は今や常識だと思ってたけど、未だに知らない人間がいたなんて驚きだよ」  やれやれ、と呆れ返った顔でレイが説明を終える。それを聞いたサーシャは興奮した様子で話を続ける。 「じゃあ、あの話はどうなの? カーナヴォン卿が亡くなった瞬間にカイロ中が停電したとか、愛犬が同時に死んだとか……」 「ブルック巡査、僕をからかってるの?」 「からかってる……って、そんな」  レイは冷たい目付きでサーシャを馬鹿にしたように見つめる。 「あの当時、エジプトの首都とはいえ、カイロは電力の供給が不安定で、日常的に停電が起きていた。カーナヴォン卿が亡くなった瞬間に停電が起きていたとしても、それが呪いなんだか、いつもの事なんだか分かったもんじゃない」 「じゃあ、飼い犬の話は?」 「マスコミのでっち上げ」 「でっち上げ?」 「そう、でっち上げはやっかみの代償だった。ツタンカーメンの王墓を発掘したカーナヴォン卿とハワード・カーター博士は発掘の詳細を『ロンドン・タイムズ紙』一紙に独占取材させたんだ。そのことが他の新聞社の不興を買う原因になった。二十世紀前半、英国を始めとしたヨーロッパ列強各国は、エジプトの墳墓を片っ端から掘り返し、埋葬品を自国に持ち帰って、人々のエジプトへの興味をかき立てていた。今とは違い、エジプトの歴史についての人々の知識は浅かった時代だ。エジプトのエキゾチックで謎が多い神秘的なミイラや埋葬品に庶民は熱狂した。そんな動きをマスコミが見逃す訳がないだろう? これだけ科学や学問が発達した現代の世の中だって、人々はマスコミの報道には右往左往しているんだ。今から百年以上前の二十世紀初頭の人々にとって、自分たちが得られる情報源は新聞くらいしかなかった。それだけ新聞に対する人々の依存度は今以上に高かったんだ。だから新聞各社も躍起になって、エジプトの新情報を得ようとしていた。特に刺激的な情報なら尚のこと良かったんだ。それなのに、肝心のツタンカーメンの情報は一紙独占、他の新聞社が面白くないと思うのは当然だ。そんな時に自分たちを除け者にした当の本人のカーナヴォン卿が亡くなったという知らせが入ってきた。新聞各社はそれこそ、ここぞとばかりにこの話題に飛びついたんだよ」  レイは話終えると、サーシャを侮蔑するような一瞥をくれてから、一言付け加える。 「今時そんな与太話、偉そうに話す人間が存在するとか、ジョークだろ」 「なっ……」  サーシャが真っ赤になって、何か言おうと口を開く前に、リチャードがそれを遮るように口を挟む。 「じゃあ、一体何のためにそんなでたらめの嘘を流布したんだ? 一体何のメリットがあったというんだ?」 「嘘っていうか、悪意のある作り話だよね。たまたまカーナヴォン卿が静養先のエジプトで急死した。たまたま亡くなった時にカイロ市内が停電した。そういう偶然を上手く利用して、人々の興味をかき立てようと、新聞社が扇情的に書き連ねたゴシップ紛いの記事だった、と言うのが真相だよ。百年経った現代の世の中だって、マスコミは同じような事を繰り返してるじゃないか。結局その時代から、何一つマスコミの本質って実は変わってないのかもね」 「驚いたな。マスコミの嘘が本当の事のように、まことしやかに語り継がれてたなんて」  リチャードはレイの話に引き込まれていた。レイの知識の深さは、日頃から知っているつもりだったが、まさかこんな事にまで通暁していたとは。  スペンサー警部が彼を呼んだのも、当然だったのかもしれない。

ともだちにシェアしよう!