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第9話
「スペンサー警部、事件の概要説明をお願いします」
黙って事の成り行きを見守っていたスペンサーが、リチャードに促されて立ち上がる。
「それじゃ簡単に私の方から説明しておく」
そう言ってファイルから用紙を取りだして、要件を簡略に説明し始める。
「一週間ほど前からSNSを中心に、ロンドン市内にあるウィルソン・エジプト博物館に展示されている像が自分で勝手に回転している、という話が流されるようになった。その像は手を触れられないように、鍵のかかったガラスケースに入れられているのだが、気が付くと誰も触れていないのに、回転しているのだそうだ」
「回転ってぐるぐる回っちゃってるんですか?」
パトリックが不思議そうな顔をして尋ねる。
「回転と言っても、ぐるんぐるん回ってる訳じゃない。約24時間かけて一周している程度だから、じっと見ててもはっきりとは分からないらしい」
「なんだ、そうなんですか」
スペンサー警部の言葉に、パトリックは少しがっかりした顔をした。彼はもっと派手な事象を想像していたのだろう。
「像はネコの形をした二十センチ程度の大きさの物だ」
そう言ってファイルから取りだした写真をボードに貼る。写真には小さな黒いネコの像が写っていた。
「女神バステトを象ったものですね」
レイが写真を見てそう言う。
「エジプト第22王朝時代に、太陽神ラーの娘として女神バステトが生まれたとされています。彼女は夜眠った太陽を蛇から守る役割を担っていたんですよ。ネコが夜目が利く事から与えられた任務なんでしょうね」
レイは唄うように言葉を継ぐ。誰もが彼の説明に耳を傾けていた。一人を除いては。
「そんな説明どうでもいいんじゃないですか? スペンサー警部、先を進めて下さい」
サーシャの言葉を聞いて、一瞬レイは冷たい視線を彼女に投げかけたが、隣に座っていたリチャードが、そっと彼の手に自分の手を重ねて自重を促す。レイがリチャードの顔を見ると、彼の目は「放っておけ」と言っていたので、そのまま黙る。
「……像が展示されているのは、ホルボーンにあるウィルソン・エジプト博物館だ。個人経営の小さな博物館で、ヴィクトリアン・タウンハウスを改装して一般に開放している」
「そんな博物館があったんですね。初耳です」
黙って聞いていたセーラがメモを取りながら、そう言う。側で聞いていたリチャードも同じ事を思っていた。
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