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第10話
「はっきり言って、近くにある大英博物館などに比べたら個人経営だからな、かなり規模も小さいし、見劣りするのは仕方ないだろう。近年では訪問客も減少していて閉館の危機にあるらしい。この博物館がオープンしたのは1920年代の事で、元々はエジプト考古学者のサイモン・ウィルソン教授が自分の発掘旅行の際に手に入れた埋葬品を友人、知人に見せていたのが評判となり、一般に開放するに至ったのだそうだ。現在ではサイモン教授の息子、ジョージ・ウィルソン博士が館長になっている」
「それで、そのウィルソン博物館で一体何があったんですか?」
セーラが続けて尋ねる。
「二週間ほど前に展示品の入れ替えを行い、この写真の像を展示したところ、それからしばらくしてSNSサイトに、回転するエジプト像という話が流布するようになった。その後実際に動画がアップされて、一気に英国内だけでなく世界中にこの話題が広まったんだ。それが今朝の新聞記事に繋がった訳だ。ところが、この話題のエジプト像が盗難にあった」
「盗まれたんですか? いつ?」
リチャードが驚いて顔を上げる。
「昨晩から今朝にかけての事だ。このことはまだマスコミ各社には伏せてある。幸いな事に、今日は博物館は休館日なんだ」
「でも、何故マスコミに伏せる必要が?」
「博物館のジョージ・ウィルソン館長からの依頼でね。こんな事が知れたら、今度こそ博物館は閉館の憂き目に遭うから、と。ただ、事実を長く伏せておくのは不可能なので、出来るだけ今日一日で出来る捜査は終わらせておきたい。その上で一般に情報が開示されるのは、もう仕方がないことだろう。館長の気持ちも分からないではないが、今の世の中情報を秘密にしておく方が、正直犯人逮捕よりも難しいからな」
スペンサーの言葉を聞いて、リチャードは思わず考え込んでしまう。
――情報を秘密にしておく方が難しい、か。
自分とレイの関係もいつまで秘密にしておけるのか、リチャードには分からなかった。まだ始まったばかりの関係なのに、最初から躓いてばかりだ。あまり先の事は考えない方が今はいい、そう気持ちを切り替えて、ホワイトボードに目をやる。
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