20 / 41
第20話
リチャードは通話を終えると、博物館内に戻る。落ち着いて見れば見るほど、古臭くて時代から取り残された遺物のように感じる。近頃集客数が落ちて、閉館寸前だと言うが、逆に言えばよく今まで持ったな、と言うのがリチャードの正直な感想だった。
――入って右側が展示室だったな。
狭い入り口を通って展示室に入ると、二人の鑑識員が床に這いつくばるようにして、ガラスケースの周囲の指紋を採る作業中だった。そこから少し離れた場所にエリック、レイとサーシャが立っている。三人は黙りこくって鑑識員の作業を眺めている。サーシャは思い切りふくれ面でレイを睨むようにしていた。だがレイはそっぽを向いて彼女の顔を見ようともしていない。
リチャードは部屋に入ると、鑑識官の一人に声を掛ける。
「悪いんだが、この用紙を調べて欲しい。分かった情報はどんな細かいことでも構わないので知らせてくれ」
そう言って、先ほどエリックから手渡された脅迫状を手渡す。
「保管状況が悪かったので、指紋の方は期待してないよ」
「了解しました」
鑑識官は鞄から薄いブルーのビニール袋を取り出すと、その中に脅迫状を入れた。
リチャードはその様子を見てから、三人の方へ近寄る。
「……あ、刑事さん」
エリックが助け船が来た、とばかりにリチャードに声を掛ける。
「あの、何かありました?」
リチャードは申し訳なさそうにエリックに尋ねる。エリックは苦笑しながら「いや、あの特にはないんですけど、ちょっと気まずくて」と小さな声で答える。
「す、すいません」
リチャードは恥ずかしくて居たたまれない気持ちになる。まさか部下とコンサルタントが自分のせいでこんな状況になっているなんて、とてもじゃないが他人には言えない。
「二人共、何か分かったことは?」
まるで引率の教師のような気分で二人に問いかける。
レイはリチャードが戻ってきて安心したようで、サーシャをちらり、と見た後口を開く。
「展示してあるガラスケースは、典型的なエドワーディアン・デザインのマホガニー製のもの。かなりお金をかけて作ってあるね。作り付けだから、動かないようになってる」
リチャードはレイの説明を聞きながら、部屋をぐるりと見渡す。
部屋の入り口を入って正面に、一番大きな展示ケースがある。ケースは部屋の寸法にきっちり合わせて作ってあり、天井までぴったりのサイズで収まっている。後部は壁にぴったりとつけて置いてあり、ケース本体はマホガニー製の重厚な作りになっていた。ケース内は、ほぼ均等に縦割りで一メートル間隔ごとにガラス板で仕切られていて、そのセクションごとにガラス扉が正面についていた。
――確か、ガラスには何の異変もなかったんだよな。
リチャードはそう思って展示ケースの下部分を見てみるが、マホガニーの木製ケースはガラスケースの下から、三十センチほどの高さの床部分までぴったりと覆われていて、とてもそこから像を取り出す事は出来そうになかった。
「無理だよ。下から像を取り出す事は出来ない。ケース本体に傷もなかったから、手を触れていないのは確かだ」
レイがリチャードの動きを見て付け加える。
「だとしたら、やはり合い鍵を使って開けたとしか考えられないな」
「でも、合い鍵を作るのは無理なんじゃないですか? だって、マスターキーは博士の書斎の金庫の中で、もう一組の鍵はエリックさんが常に持ち歩いてるんですよね?」
サーシャがそう言うと、エリックは同意するように頷いた。
「たまには、まともな事言うんだね」
レイが茶々を入れると、サーシャはレイを睨み付ける。
「警察官なら当然でしょ?」
サーシャの物言いは、レイは警察官じゃないんだから黙っていろ、と言わんばかりで、リチャードはまた喧嘩になるのではないか、と心配になる。
ともだちにシェアしよう!