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第23話
エントランスの左側に置いてあった目隠しの衝立の陰には、狭い小部屋があり、そこにエリックのデスクとラップトップコンピュータが置かれていた。監視カメラの映像はそのコンピューターに記録されていたのだ。
小部屋から出てくると、サーシャが手持ち無沙汰な様子で立って待っていた。部屋が狭すぎて彼女は入れなかったのだ。
「悪いね、ブルック巡査。後で署に戻ったら監視カメラの映像は見せるから」
リチャードが言うと、サーシャは「はい、分かりました」と頷く。自分一人除け者にされたようで気を悪くしていたが、リチャードに声を掛けられて機嫌を直したようだった。
「エリックさん、制服警官を一名置いていきますから、何かあったらすぐに連絡してください」
「分かりました」
リチャードはエリックにそう伝えると、博物館を出た。
正直何が何だかよく分からなかった。ネコの形をした動く像、それが盗まれたらしいが、犯人は監視カメラには映っていない。しかも館長の妻はエジプトの呪いだ、とヒステリックに叫びまくり、像についての脅迫状まで届いていた。
――エジプトの呪いねえ……
リチャードは車に乗り込むと、溜息をついた。
こういう捉えどころのない犯罪は苦手だ。今まで自分が手がけてきたのは主に殺人事件だった。殺人事件というのは死体があり、犯人は確実に存在する。
だが呪いなどという実体を伴わないものを相手にするのは、自分の考え得る犯罪の範疇外だった。
「ねえリチャードはもう動画見たの?」
車のエンジンを掛けようとしたリチャードに、レイが問いかける。
「いや、実はまだ見ていないんだ」
「じゃ、ちょっと見てくれる?」
レイは携帯電話を操作すると、リチャードに見せる。
「……ブルック巡査も見たいんでしたら、どーぞ」
レイは後ろを振り返ることなくそう言う。サーシャは黙って後部座席から身を乗り出すと、レイの携帯電話の画面を見る。
SNSにアップされていた動画は、24時間の映像を1分ほどに短縮したものだった。先ほどまでいた展示室の中にあるガラスケースの中を映していて、二十センチほどの黒いネコの形の像がぐるりと回転している様子が、斜め上からの俯瞰で映し出されている。
「こんな風になっていたのか……」
初めて映像を見たリチャードは、本当に像が回転していたことに驚いた。映像を見るまでは、こんなにはっきり回転しているとは思っていなかったのだ。
「この映像見て、おかしな事に気付かなかった?」
「おかしな事?」
「これ、合成映像なの?」
「いや、合成じゃない。そういう意味のおかしな事じゃないんだ」
サーシャの問いかけにレイは返答する。レイはリチャードの答えを待っていた。
「……この映像、どうやって撮影したんだ?」
「そう、リチャード。それだよ。一体どうやってこれ撮影したの? おかしいだろ? 24時間ずっと撮影なんて通常考えたら出来る訳ない。だって博物館は朝9時から午後4時までしか開いてないんだ。しかも、見学客にも博物館の関係者にも知られずに、こっそりと撮影するなんて無理だろう?」
「じゃあ、この映像は……」
「撮影には、あの展示室中央の独立したガラスケースを利用したのは間違いない。あの上に機材を置いて24時間撮影したんだ」
「だから、あの展示ケースを気にしていたのか?」
「うん。高さと角度がぴったりだった。これ以上の詳しい話はまた後で。もう少し考えたい事があるんだ」
リチャードは改めてレイの能力の高さに感心していた。部屋を一目見ただけで、この動画がどうやって撮影されたのか、あっという間に分かったのだろう。
「ああ、レイ、スペンサー警部が今日はもういいって言ってたから、これからギャラリーまで送るよ。ブルック巡査は署の近くでドロップするけど、それでいいかな?」
「分かりました。それでいいです」
スペンサーからの命令なので、サーシャは勿論承服するしかない。
レイは携帯にイヤフォンを接続すると、自分のお気に入りの音楽を聴き始める。車窓を眺めながら、時折好きなフレーズを口ずさんでいた。
そんなレイの姿を横目に眺めながら、リチャードは後ろにサーシャがいなければ、今すぐ彼を抱き締めたいのに、と思っていた。
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