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第24話
MET庁舎のすぐ近くでサーシャを降ろすと、リチャードは車を西に向けた。スペンサーから言われた通りに、レイをギャラリーまで送るつもりだった。だが途中まで運転していて急に気を変える。
「リチャード、道間違えてるよ」
イヤフォンで音楽を聴きながら、外の風景に目をやっていたレイが、リチャードの方を向くとそう言う。
「……少し、ドライブしよう。俺はもう今日は署に戻らなくていいって、スペンサー警部から言われてるし」
レイは眉根を少し寄せて、不審そうな表情を作る。
「どこ行くの?」
「適当」
リチャードはテムズ川と平行して走る道を、真っ直ぐに西に向かって走らせる。この辺りは、瀟洒な高級タウンハウスが立ち並ぶ美しい通りだ。建物は全て真っ白で、まるで映画のセットのようである。
リチャードはテムズ川まで出ると、丁度良いスペースを見つけて停車させた。
川沿いのプロムナードは時折犬を連れて散歩したり、ランニングする人を見かけるだけで静かな場所だった。
レイがイヤフォンを外したのを見て、リチャードは徐ろに口を開く。
「……レイ、俺何か気に障るような事した?」
「なんで?」
レイの素っ気ない返答に一瞬リチャードは怯む。自分が考え過ぎなだけなのか、それとも本当に彼は何か自分に対して腹を立てているのだろうか。いつもの事だが、レイは本音を見せないので何も分からない。
先日、レイが酔った勢いだったとは言え、抱きたくないのか? と自分に尋ねたのに、それ以降そういう雰囲気にすらならないなんて、絶対に何か怒っているか自分に対して不満があるからに違いない、とリチャードは思っていた。だが、どうやって尋ねればいい? 気難しいレイに厭な思いをさせずに尋ねる方法が思い付かず、リチャードは黙り込んでしまう。
「……やっぱり俺って甲斐性なし?」
「何の話?」
しばらくの沈黙の後、気まずい雰囲気に耐えきれず、リチャードは酔ったレイに言われた言葉を口にした。
「この間、酔ったレイにそう言われたんだよ」
「……僕、そんな事言ったの?」
「言われた」
「ふふ、酔ってた割には的確な表現してたんだね」
レイは苦笑しながら言う。
「……」
「リチャードは甲斐性なしだよ。……僕に対してだけ。仕事の時は全然違うのにね」
リチャードはレイを見る。俯いたレイの声は少し震えていた。
「レイ?」
「あれから僕がリチャードとの付き合い方を変えないから、おかしいと思ったんだろ?」
「……いや、レイがその気じゃないなら……」
「怖いんだよ」
「え?」
「……今日だって、ブルック巡査とリチャードが話してるところを見ただけで、すごく苦しかったんだ。僕、嫉妬してたんだよ。醜いだろ?」
レイはそう言うと両手で顔を覆った。
「リチャード、見ないでよ。本当に……厭になるから。自分の中のどす黒い感情をコントロール出来ないんだよ。どうしたらいいのか、分からないんだ」
「レイ……」
「ごめん、僕自分で帰れるから」
レイはそう言うと、突然助手席のドアを開けて車を降りようとした。
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