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第26話

 唇を離すと、レイが「誰かに見られたらどうするの?」と責めるような口調で言う。 「その時は……その時に考えればいいよ。俺たちの関係だって、それでいいんじゃないのか? レイは俺が見捨てるかもしれない、って言うけど、レイが俺を見捨てる可能性だってあるだろ?」 「そんな事ないよ」 「言っておくけど、今まで付き合った相手を振った事ないから」 「え?」 「俺、いっつも振られる方で、一度も振ったことないんだ」 「うそ」 「嘘じゃないよ。俺ってやり逃げされてばっかりなんだよ。……だから、レイは安心していいよ。今までのジンクスから言えば、俺から振るってパターンはないから」 「……リチャードは優しいからだよ」 「そんな事ないよ」 「お願い、一つだけ約束して」 「何?」 「もしも……心変わりして、もう僕の事好きじゃなくなったら……その時は、はっきり言って。僕はリチャードが好きでもない人間に縛られてるのは、我慢がならないから。だから……その時はリチャードから引導を渡してよ。お願い」 「レイらしくないな。逆の場合の可能性を考慮に入れてない。レイが俺を好きじゃなくなったら、その時もはっきり言わないと、だろ?」 「だって、そんなの考慮外だよ。そんな可能性ない」 「絶対かどうかは分からないだろ?」 「……本当にないから」  レイは恥ずかしそうに俯く。 「じゃ、俺も絶対にない」 「リチャード?」 「レイが俺を見限る可能性がゼロなら、俺がレイを見限る可能性もゼロだ。こういうのはフェアじゃないと」  レイの頬がみるみる赤く染まる。 「そんな事ある訳ない、とかもう言うなよ? 俺がそう決めたんだから。……どうする? 何か食べてから帰る?」  リチャードはレイの緩くカールした栗色の髪の毛を手で梳く。ふわふわとして、まるで犬みたいだな、とふと思った。 「うん……少しお腹すいた。どこか連れて行って」 「了解。この近くに時々行ってるガストロパブがあるんだ。そこのポークベリーが美味しいんだよ」  ガストロパブというのは、食事に特化した近年流行の形態のパブである。通常パブというとアルコールの提供が主だが、ガストロパブでは凝った料理を出しており、中にはミシュランスターを獲得している店もある。レストランほど敷居が高くないため、若い人を中心に気軽に美味しい食事が出来ると人気があった。 「ポークベリーか。本当にリチャードは肉料理好きだよね」  ポークベリーは豚のわき腹肉の事で、これをじっくりと三時間ほどかけてローストすることで、ホロホロとまるでとろけるような食感にして食べるのが英国流である。 「レイも肉食べたら? 元気出るから」 「僕、肉より魚派。そこシーフード料理あるの?」 「ロンドンでシーフード期待するなら、星付きレストラン行かないと無理じゃないか?」 「確かにね。それならベジタリアンメニューにするからいいよ」  リチャードはエンジンを掛けて、ギア操作していた左手を離すと、レイの右手に触れる。 「いつか二人でコーンウォール(英国南西部)にでも行く? あそこまで行けば美味しいシーフード食べられるよ」 「……うん」  レイは嬉しそうな笑顔をリチャードに見せ、そして照れたように窓の方へ顔を向けた。

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