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第28話

 二人がAACUのスタッフルームに入ると、すぐにセーラが駆け寄ってきた。 「おはよう、お二人さん。リチャード、色々面白いことが分かったわよ」 「面白いこと?」 「とりあえず、ミーティングで話すから、ボードの前に集合ね」  セーラに言われて、椅子を持ってホワイトボードの前に二人が座ると、すでにスペンサー、クライブ、そしてパトリックとサーシャは椅子に座って待っていた。 「レイモンドくん、悪いがこの事件の捜査に、もう少し付き合ってくれ。これからセーラに、関係者の背後関係で分かった事を説明して貰う」  スペンサーに促されて、セーラがファイルを片手にボードの前に立つ。 「関係者について調べたことを簡単に説明していくわね。まずは博物館館長のジョージ・ウィルソン。彼は典型的な研究者で、あまり外交的な性格ではなく、社交ベタ、といった人物ね。周囲からはシャイな人柄で、恨まれるような人物ではない、というコメントしか得られなかったわ」  セーラはホワイトボードのウィルソン博士の下にペンで『社交ベタ』と書き込む。 「次は妻のアビゲイル。彼女と博士が結婚したのは5年前。ウィルソン館長の友人で、博物館を後援していた、ダグラス・カーマイケル卿の開いたパーティで知り合ったのが、結婚のきっかけになったそうよ」  こういった博物館や美術館というのは、独自での運営が難しいので、貴族や上流階級の人間がパトロンとしてついている場合が多い。中にはチャリティ団体が運営に参加している場合もある。  とにかく博物館や美術館というのは、見た目以上に金が掛かるものなのだ。 「カーマイケル卿は年に一度、ウィルソン博士を支援する目的で、友人や知人を招いて自邸で簡単なパーティを開いて、運営資金を募っていたらしいの。そこにアビゲイルが出席していて、博士と出会ったらしいわ」 「それにしても、上流階級の人間を集めたパーティに、彼女はあまりそぐわないような気がするが、どうやって潜り込んだんだ?」  リチャードが疑問を口にする。 「さあ、その辺は私もよく分からなかったんだけど……とにかく、それがきっかけとなって、博士とアビゲイルは結婚した。周囲の印象では、やはり結婚には博士よりもアビゲイルの方が熱心だったみたい。もしかしたら、彼女は最初から誰かいいカモを見つける目的で、パーティに参加していた可能性もあるわね。博士はあの年になるまで、未婚だったらしいし、女性に免疫がなかったみたいだから簡単に騙されたんじゃないかしら。ちなみにダグラス・カーマイケル卿は3年前に亡くなって、跡を継いだ息子のカーマイケル卿はまったく博物館のチャリティには興味がなく、一切この件に関しては手を引いたらしいわ。それからね、急激に博物館の運営が逼迫していったのは」  そう言う理由があったのか、とリチャードは納得していた。集客数だけの話なら、今も昔もそれほどは変わらないだろう。大体見学客からの入場料だけでの経営は到底無理だ。 「ところで、あの盗難に遭った像には保険金は掛けられていたのか?」 「その件はパトリックが調べてくれたわ」  セーラがパトリックに話を振る。パトリックは「いえ、保険金は掛けられていませんでした」と簡潔に答える。 「あの博物館には、保険を掛けられるようなお金の余裕はもうないんだよ」  レイがぼそっとそう言った。どこか哀れんでいるかのような、そんな言い方だった。 「レイくんが言う通りだと思うわ。銀行関係をクライブに調査して貰ったんだけど、博士の個人的な貯蓄をかなり切り崩してるわね。大体、あれだけの規模の建物を維持するだけの費用だって、かなりのものよ? カーマイケル卿の庇護が受けられなくなったのは、大打撃だったに違いないわ」 「そうか……」  リチャードはエリックが新式の監視カメラすら買えないのだ、と言っていた事を思い出していた。 「保険金が掛けられていなかった、と言う事は保険金詐欺の線はない、ということか」 「そういうことね。……話を続けるわね。次は学芸員のエリック・エバンス。彼は二年前からあの博物館に勤務しています。変わってるのは、大学ではサイエンスを専攻していた、という事かしら。サイエンスから考古学関係への鞍替えってちょっと珍しいような気がするんだけど?」 「確かに、考古学とサイエンスは両極端なように見えるけど、現代考古学においては発掘品の年代測定には科学的な応用が必要だし、地中に埋もれた遺跡を3D で再現したり、接点はあるんですよ。エリックのサイエンスの詳しい専攻が何なのかは分かりませんけど、まったくの畑違いという事でもないかもしれません」  レイが口を挟む。

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