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第40話
レイはリチャードの腕にそっと触れながら言うと、呆気に取られている彼を振り返りもせずに部屋を出ていった。
――こ、こんな事してる場合じゃないんだ。仕事……
リチャードは何故か妙に落ち着かない気分になりながら、地下駐車場へ向かった。レイはリフト乗り場にはいなかった。きっと総監室へでも寄ったのだろう。
――レイのあの言葉の意味は……一体どういう?
リフトが到着したので、乗り込んで地下へのボタンを押す。
そしてリチャードは、突然レイの秘密めいた態度と言葉の意味が分かって、動揺した。
――まさか……そういう……?
つまりレイはリチャードと夜を共にしたい、と誘ったのではないだろうか?
彼の少し恥ずかしそうに目線を伏せた表情を思い出して、リチャードは顔が火照るのを感じていた。
――良かった、誰もリフトに同乗してなくて……
リチャードは口元を手で覆いながら、そう思う。多分今の自分の顔を他人に見られたら、かなり恥ずかしい事になっている筈だ。
リフトが地下駐車場に着いたので降りると、奥からセーラが「ちょっと、リチャード早くしてよ! クライブ達はもう行っちゃったわよ」と声を掛けてきた。
「悪い、今行く」
小走りに車に近づくと、セーラがにやにやしながら「レイくんと何話してたの?」と聞いてくる。
「車に乗ってから話すよ」
リチャードが車を発進させると、待ちきれないように助手席のセーラが話しかけてくる。
「それで? どうしたの?」
「レイのギャラリーのパーティーに呼ばれたんだ……」
「なんだ、それいつもの事じゃない。リチャード顔赤くしてるから、何言われたのかとちょっと期待しちゃったじゃないの」
「……俺、顔赤い?」
「気付いてないの? それやばいわよ?」
「まじかよ……」
「まじまじ、リチャードってば最近表情に出やすくなったよね。前はそうでもなかったのに。レイくんと付き合うようになってからじゃない?」
「……セーラ、ホント?」
「気付いてないの、本人だけじゃないの?」
「……」
リチャードは少し前にレイから「リチャードって思ってる事が顔にすぐ出るよね」と言われたことを思い出した。やっぱりこれはまずいのではないだろうか?
「あ、大丈夫よ。そんなの気付くの私だけだから」
そう言って、セーラはにっこりと笑う。
――ちょっと待て、それ同じ事レイに言われたんだけど……
「とにかく、レイくんのお陰で無事事件も解決したし、明日はリチャードも予定通りオフ取れるじゃない。後の参考人聴取と書類のまとめは私がやっておくから、安心して休んでいいわよ。明後日来てからサインして貰うだけにしておくし」
「サンキュ」
「……ああああ! もしかして、ねえ、リチャードそういう事なの? やだぁ~!」
突然何かに気付いたらしく、セーラが大声を上げる。
「……」
「ねえリチャード、そういう事なんでしょ? だから顔赤くしてたのね? もうっ、やだ、私の方が恥ずかしくなっちゃうじゃないの……」
セーラはそう言うと、大袈裟に顔を両手で覆う。
「二人共、いい年して本当にティーンエイジャーみたいなんだもん。もぉっ、リチャードってばっ、こっちがやきもきしちゃうわよ」
そう言うと、セーラは運転中のリチャードの肩を思い切り叩く。
「セーラっ、危ないよ」
「ふふふ、今晩と明日のオフ、ゆっくり楽しんでね……明後日報告待ってるから」
セーラはウィンクしながら言った。
「……報告なんてしないよ」
「するに決まってるでしょ? しなかったら私許さないから」
セーラはリチャードに向かって断言すると、一人でくすくすと窓の方を向いて笑った。
――俺、完全に遊ばれてるだろ?
リチャードは心の中で盛大に溜息をついた。
今夜、パーティの後で……どうなるのかは分からない。自分が邪推し過ぎているだけかもしれない。でも……とリチャードは思う。もしもレイが本当にそのつもりなら、自分はその気持ちに誠実に答えてあげよう、と。
ほんの少し前に別れたばかりなのに、リチャードはすでにレイの事が恋しくてたまらなかった。
そんな自分の変化にもセーラは気付いているのだろうか? リチャードはちらり、と助手席に目をやる。彼女はリチャードの視線にはまったく気付かずに、携帯チェックに勤しんでいた。
リチャードは運転しながら、レイは今どんな気持ちでいるのだろうか、と思いを馳せた。
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