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第6話
「リチャード」
声を掛けられて振り返ると、レイが心配そうな顔で立っていた。
「ごめん。あんな風に絡まれるの嫌いだよね?」
「少なくとも好きではないかな」
「そうだよね。……無理に誘っちゃったかな、今夜のパーティ」
「いや、別に構わないよ。こういう場に来るのも、また仕事の一環みたいなもんだしね」
リチャードはそう言った。
確かにパーティのような華やかな場は、警察官の自分には相応しくないし、気詰まりであるのも確かだ。だが、このような機会に顔を出して人脈を作ったり、アートに関して学ぶのも、また必要なことなのだろう、とリチャードは思っていた。
「そう言って貰えると安心するよ。……リチャード、今日は僕のところに泊まっていけるよね?」
リチャードの側に近づくと、確認するようにレイは小声で聞く。
二人は建物の陰になる部分に立っていたので、人目につく心配はなかった。ギャラリーが入っている建物は区画の角に建っているので、脇道に入る部分に入ってしまえば死角になっていて誰にも見られることはない。
それでもレイはどこか周囲を気にするような態度を取っていた。
リチャードはレイを抱き寄せて、耳元で囁くように尋ねる。
「……本当にいいのか?」
「僕が誘ったんだよ?」
レイのはっきりとした返答を聞いて、リチャードも心を決める。
リチャードは少しだけ身を屈めて、レイの唇を塞いだ。甘いキスを繰り返した後、唇を離して、リチャードはふと気付いたようにレイに尋ねる。
「……レイって、どこに住んでるんだ?」
そう言えば、今まで一体どこに住んでいるのか尋ねたことがなかった、と改めて疑問に思う。多分この近くに住んでいるのは間違いないだろう、とは思ったが、リチャードは、はっきりした住所を知らなかった。
「今更何言ってるの? 僕が住んでるのここだよ」
レイはギャラリーを指さす。
「え? ギャラリーに住んでるのか? まさかあのバックオフィスに?!」
ギャラリー内のバックオフィスには、簡易キッチンやソファベッドが置かれているのを、リチャードは見て知っていた。
「何言ってんだよ。僕が住んでるのは、上」
そう言ってレイは、ギャラリーの上を顎で指し示す。
「う、上?」
「そうだよ。GF(グランド・フロア/日本式1F)はギャラリーで、1階、2階が僕の家。3階はお客さん用のベッドルームと物置になってるんだ」
「……と言う事は、この建物は……?」
「そう。この建物全部僕のだから。何? リチャード今までここレント(借家)だと思ってたの?」
「これ、全部……レイの?」
リチャードは黙り込んでしまった。
ロンドンの超一等地に、建物まるごと一棟所有しているなんて、一体彼の資産はどんな事になってるんだ、と驚いて言葉が出ない。
「僕のって言うか、元々は父親の持ち物だけどね。僕が17歳の時に、名義を書き換えられたんだよ。リチャードも法律勉強してたから知ってるだろ? この国の相続税ってべらぼうに高いじゃないか。だから税金対策でね」
リチャードは納得した。
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