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第4話

 土日を挟んで月曜日。凉江が言っていたとおり、外は雨だった。  夏を先取りしたような暑さも消え、少し肌寒ささえ感じる。涼一は薄手の上着を羽織り、いつもの眼鏡と帽子で顔を隠して外に出た。  雨の日は嫌いじゃない。  雨が降っていればみんなが傘を差して視界が悪くなる。だから少しだけ、息をするのが楽になる。  そんな雨に背中を押されて涼一がやって来たのはあの公園だった。  今日はカップ麺を五個、スーパーの袋に入れて持ってきた。安売りしていたからと凉江が買いだめしていた物だ。そこに自販機で買ったお茶のペットボトルを足し、あのベンチのところまで水溜まりを避けながら歩いた。  差し入れは男に渡すためのものだ。けれども男のテントに向かうつもりはなかった。  助けて貰った礼をしにきた先日とは違い、今日はあの男に会うための口実が何もない。なんの理由もなく男のテントまで押しかけるのも迷惑だろうし、そこまでの図々しさもなければ勇気もない。だから今日は、ただここで時間を潰すだけだ。もし偶然男に会えれば差し入れを渡す、それだけだ。  ベンチは少し雨に濡れていた。木の陰にはなっているが、風で雨が吹き付けるようだ。  ティッシュで軽く拭いてから、ハンカチを敷いてその上に腰掛けた。念のために腕時計のアラームを二時間後の十四時半にセットし、携帯ゲーム機でゲームを始めた。傘はわきに挟んでさす。少し苦しい体勢だが、あと二時間、そうやって時間を潰すつもりだった。  平日の昼間。さらに雨。普段どれだけの人が公園の中を散歩しているのかは分からないが、今日はほとんど人が通ることはなかった。  それでもときどき、水溜まりを弾く足音が聞こえてくることはある。その度に涼一の心臓は期待に跳ね、涼一はこっそり、ベンチの前を通る人の足下を観察した。  小さな靴。新品と変わらない綺麗な靴。老人らしいゆっくりした足取り。  どれもあの男のものとは違う。涼一は何度も肩を落とし、ゲーム画面に視線を戻した。  そもそも、あの男と会える可能性が低いことはここに来る前から分かっていた。  この前だって男はテントの中でごろごろしていたようだし、まして今日は雨。仕事も用事もないような人間が、わざわざ外には出ないだろう。外に出たからと言って、このベンチの前を通るとも限らない。それでもじっとはしていられなくて、ここまで来た。  結局ゲームに集中できないまま、一時間が過ぎた。あの男は現れない。 ――疲れた……。  急に強い徒労感に襲われ、涼一はゲームを鞄にしまった。  来るはずがないのだ。会えるはずがない。 涼一は蹲るようにして、ベンチに腰掛けたまま状態を丸めた。  いつの間にか、スニーカーの靴先は泥で汚れていた。完全防水のお気に入りの靴だったが、これでは台無しだ。  傘にぶつかる雨音が、いつの間にか強くなっていた。  涼一は浮かれていたのだ。男と出会ったあの日から、ずっと浮かれていた。  中学のときの事件以来、涼一は一日のほとんどを部屋で過ごすようになった。絶対に外に出られないというわけではないが、とにかく人目が怖くて、外に出るとパニックを起こしてしまうことが何度もあった。だからずっと部屋から出ずに、母に勧められて入学した通信制の高校も、月に数度の登校日に耐えきれなくて退学してしまった。  いわゆるニートだ。  しかし凉江は何も言わず、涼一が一生そのままでも生きていけるように貯金までしてくれているようだ。  とても恵まれた環境……頭では分かっているが、どうしようもなく息苦しい。  カーテンを閉め切った部屋。テレビもネット環境もなく、外からの情報は入ってこない、世界から切り離された安全な場所。  自らそこに閉じこもったというのに、ときどき発狂しそうになる。  部屋の中にいれば、涼一を傷つける物は何も入ってこない。同時に、新しい物も入ってこない。  同じ事をくり返すだけの日々。昨日と今日で違うことと言えば、ゲームが少し進んだことと、自習用のテキストが進んだことだけ。毎日毎日、それがひたすら積み重なっていく。  そんな日常の中で、あの男との出会いはあまりにも劇的だった。  ホームレス。涼一と同じく普通の道から外れた人間。こうなる前の涼一だったら口も利かないような人間。しかもあの男がホームレスなら、絶対に――。  涼一は頭に浮かんだ考えを振り切るように、傘の柄を握った。 ――だからって、なに変な期待してるんだよ。あんなホームレスなんかに……。  ホームレスは社会からはみ出した存在だ。 仕事もせず、人が捨てた物を拾って生きているような人間だ。まともな人間じゃない。 ――僕は違う。学校には通えないけど勉強だってしてるし、毎週ちゃんと外にだって出てる。僕は努力してるんだ。  心臓がバクバクと嫌な音を立てる。足下の地面がグニャりと歪む。力を入れすぎたせいで、傘を握る手は小刻みに震えていた。 ――僕はただ怠けてるだけの奴らとは違う。仕方なく学校に通えないだけで、僕は……。  自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、心臓をナイフでえぐられるような気がする。それでも言い訳をやめられない。それが涼一に残された最後のプライドだった。  風で流れてきた雨が傘を叩きつける。うるさい、と叫びたくなった。  やっぱりこんなところに来るべきじゃなかった。今週はもうちゃんと外出したのに、家から出るんじゃなかった。ほんの数十分前まで、足音が聞こえる度に心臓を高鳴らせていた自分を殺してやりたい。  しかし、そんな涼一の耳に、もう一つの雨音が聞こえてきた。  バタバタバタ――木陰にいる涼一のものとは明らかに違う。ビニール傘に叩きつけられる激しい雨の音。  雨音は涼一のすぐ傍までやって来た。そしてそこで立ち止まる。 「なんだよ。また具合でも悪いのか?」  聞き覚えのある声。喉仏を震わせているところが目に浮かぶような、低い声。  吸い寄せられるように顔を上げた。  面倒なものでも見るように、あのホームレスの男が顔を顰めて立っていた。 「あ……」  名前を呼ぼうとして、男の名前を知らないことに気づいた。だから涼一は、無言で男を見上げた。  男も押し黙ったまま涼一を見下ろしていた。 しばらくして、男は傘を閉じ、涼一の隣に腰掛ける。それからようやく口を開いた。 「鬱陶しい雨だな」  男は手に持っていたコンビニの袋から焼き肉弁当を出して食べ始めた。ようやく我に返った涼一は、男に差し入れの袋を渡した。 「あの……これを」 「なんだ」  面倒臭そうに中を覗くと、男は不機嫌に訊ねてきた。 「理由は?」 「家に余っていたので。よろしければ――って、すみません。お湯沸かせないですか?」 「いや。ガスコンロがある」  ぶっきらぼうな物言いだった。しかし、男はカップ麺とお茶を受け取ってくれた。  雨粒が男の持つ弁当の上に落ちる。構わず、男は焼き肉と一緒に雨粒を口に運んだ。それからご飯。一度に箸で掴む量がとても多かった。箸からこぼれ落ちんばかりに掬って、大きく開いた口に放り込むように入れる。  行儀なんてあったものではない。大きく開いた脚の上に肘をつき、背中を丸め、掻き込むよな食事。噛むときにはきちんと口を閉じるが、それも数回で終わってしまう。すぐに飲み込み、また間髪入れずにご飯を口に放り込む。動物の食事でも見ているようだ。 「食うか?」 「え?」 「一口くらいならいいぞ。別に」  箸を渡されそうになり、慌てて首を振った。 「結構です」 「そうか?」  男は釈然としない様子だった。それを見ていて、涼一は何か良いわけをしないといけないような気になった。 「しょ、食事の最中に前屈みになるのは――」 「前屈み?」 「胃が圧迫されます。そうすると消化に影響が出て、胸焼けや胃もたれなどの不調を引き起こします」 「ああ、姿勢な。気をつけろってことか。……気をつけるよ。明日からな」  悪戯っぽく笑い、男は食事を再開させた。  初めて見る笑顔。少し子供っぽかった。 「傘、入りますか?」 「気にするな。今さらだ」  それで会話は終わる。静かになると落ち着かず、涼一はしきりに帽子のつばを触った。 「しばらく続くそうですね。雨」 「そうか」 「今週いっぱいだそうです」  男からは何も返ってこなかった。  まだ男がここに来てから十分も経っていない気がするが、弁当はもうほとんど残っていなかった。  最後の一口。タレの付いた白ご飯が男の大きな口に消えていく。そうなれば、男がここにいる用事も終わってしまう。 「あ、あの!」  涼一は咄嗟に声をかけた。空になった弁当の容器をビニール袋に片付けながら、男は涼一の方に瞳を動かした。 「コンビニでお弁当を温めてもらえるんですか?」 「そりゃあ……まぁな」  戸惑ったような男の視線が涼一の頭から爪先までを動く。涼一は慌てて帽子のつばを掴んで顔を隠した。 「お前さ」  男は呆れたように言った。 「いいとこのお坊ちゃんだろうとは思ってたけど、コンビニも行ったことないなんてどんな箱入りだ?」 「えっと……」  今度は涼一が戸惑う番だった。男は勘違いしたまま続ける。 「お上品なのは結構だが、せめてコンビニくらいは行っとけ。さすがに引かれるぞ」 「そうじゃなくて、それって廃棄品ですよね? 廃棄品を分けてくれるだけでも凄いのに、レンジまで使わせてくれるなんて最近のコンビニは親切だなと思って」 「――これは廃棄じゃない。普通に買った」 「買った? お金を持ってるんですか?」  驚いて顔を上げる。目が合うと、男は困ったような顔で笑いを噛み殺していた。 「箱入りなのは間違いないみたいだな」 「す、すみません……。ホームレスの方は仕事をしないからお金がないと聞いていたので」 「んなわけないだろ。こっちだってメシ食わなきゃ生きてけないんだ。ほとんどのホームレスが仕事は持ってるよ。かく言う俺も今はポスティングの帰りだ」 「ポスティング?」 「ビラ配り。チラシを人ん家のポストに突っ込んでまわるんだよ。他にも現場の手伝いや荷物運びみたいな肉体労働はよくやるし、飲み屋や風俗の呼び込みもやる。あとは代理で行列に並んだり、変わり種だと浮気調査でホテルの張り込みもやったことがあるな」  いろいろな仕事があるものだ。感心しながら、涼一の中に一つの疑問が浮かぶ。 「住所不定ですよね? 雇ってくれる会社があるんですか?」 「日雇いならわりとどうにでもなる。俺の場合は前の住所で派遣サイトに登録もしてあるし、今のところ仕事に困ったことはない」  派遣サイト……予想外の単語に、心臓がドクンと大きく跳ねた。  なんとか平静を装い、男に尋ねた。 「派遣サイトって……どうやって?」 「携帯に決まってんだろ」  ドクドクと心臓の鼓動が早くなっていく。目眩がしそうだ。 「こうなる前に契約したのをそのまま持ってるからな。口座から引き落としさえできてれば平気だ。っつーかお前、どうかしたのか」  涼一の様子がおかしいことに気づいたのか、男は顔を覗き込んでこようとする。咄嗟に顔を背けて男の視線から逃れた。 「……まぁ、具合が悪いんじゃなければいい」  男は体を起こし、ズボンのポケットを探る動作をする。それだけでもう、涼一は今すぐにでもこの場から逃げ出したくなった。 「ほら見ろ。ちゃんとスマホだぞ」  ついに男の手がポケットから出てきた。握られていたスマートフォンが視界に入り、涼一は勢いよく立ち上がった。 「すみません! 僕……!」 「待てよ!」  男に腕を掴まれた。振り解こうとしたが、なおさら強く掴まれただけだ。 「痛っ……!」  顔を顰める涼一の鼻先にスマートフォンが突き付けられる。涼一の肩がびくっと震えた。  しかし。 「いや、ほら……。分からないんだよ、使い方。お前知ってんだろ?」 「…………」  呆気にとられた。それをいいことに、男は一気に捲し立てた。 「前の職場の後輩に言われて変えたんだけどな、ガラケーと全然違って困ってんだ。電話のかけ方と派遣サイトの使い方くらいはなんとか覚えたんだけど――まあ座れ」  腕を引っ張られた。涼一はすとんとベンチに腰を下ろす。 「平成生まれは一日中でもこういうのいじってんだろ? 使い方教えろよ」 「……平成生まれですけど、ガラケーです」 「でも俺よりは分かるだろ?」  涼一の肩から力が抜ける。しかし、だからと言って安心していいわけではない。警戒しながら、男の様子を窺った。 「何が知りたいんですか?」 「――エロ動画の見方とか。前に教えて貰って何本か買ったんだけど、肝心のサイトが分からなくなって見れないんだよ」 「ど……どんな動画ですか?」 「そのテンションでそういうこと聞くか? まぁいいけどさ」  男はため息を吐いて頭を掻いたが、渋々といった様子で答えてくれた。 「別に普通のだぞ。ソッチ系の趣味もないし、普通に男と女がヤってるやつで――シチュエーションも普通にOLとか人妻中心だからな。女子高生はギリだけどロリはアウトだ」 「そう……ですか。でも、サイトが分からない場合はどうしようもないかと」 「やっぱそうだよな。……悪い。そのうち金が貯まったら風俗にでも行く」 「衛生的に問題ありますよ。あの……あなたの方に」 「本当に失礼なヤツだな」  男は呆れを通り越して笑った。そしてホームレスの生活について教えてくれた。  まず、ホームレスだって体は洗う。金がなければ公園の水道があるし、金があればサウナやネットカフェ、銭湯などを利用する。洗濯も同様に、公園の水を使ったりコインランドリーを利用したりする。だから必ずしも汚いとは限らない。確かに今日の男の頭は脂ぎっていなかったし、匂いだって焼き肉弁当と石鹸の香りしかしてこない。  食べ物だって、ほとんどのホームレスが店で買っている。酒も買うし煙草も買う。ギャンブルだってする。安定した仕事と家を持っていないということ以外、ホームレスは普通の人間とそこまで変わらないそうだ。 「うちの場合はそこの商店街との付き合いもあるしな。掃除したり何かあったときに手伝ったりする代わりに、賞味期限切れのものとか不要品をもらえるんだよ」 「何かあったときっていうのは?」 「祭りのときとか、災害があったときだな。俺らの縄張りってことで、厄介なホームレスも棲みつかないし、酒とかはなるべく商店街で買うようにしてるから、それなりに持ちつ持たれつの関係だ」  こんな生活になっても社会ってのはあるんだよ、と男は涼一から貰ったカップ麺を一つ一つ確認しながら言った。 「特定の場所に住まないならそれなりに自由だけど、代わりに毎日寝床を探さないといけなくなんだろ。だからって公園や河川敷に住むとなれば、今度は人間関係が生まれてくる。トイレや水道があって住みやすい場所ってなると、もうとっくにコミュニティーができてるからな。で、集団生活となれば仕切る人間が出てくるし、ルールもできる。揉め事を起こすようなタイプは追い出されることもあるんだ」 「意外と大変なんですね」 「まぁな。まともな社会からはみ出したって、そこはまたはみ出し者の社会ってことだ。結局のところ、本当に一人で生きられる人間なんかいないんだよ」  何がそんなに面白いのか、男の視線はずっとカップ麺の側面に書かれた作り方や成分表の上を動いていた。話している相手は涼一なのに、涼一になんて少しも興味がないと言わんばかりだ。それがとても心地良かった。 「どうしてホームレスになったんですか?」 「――お前、高台の方に住んでるだろ?」  正解だ。涼一は驚いた。 「なんで分かるんですか?」 「あの辺り、高級住宅街だろ」 「そうですけど、家は端の方にある普通のマンションですよ。親が離婚しているから母の一馬力ですし」 「それにしたって、ベンチにハンカチを敷いて座る男なんて初めて見た」  男は真顔だ。からかっているわけではなく、素直に驚いたから指摘しているだけのようだ。  迷った末、涼一は汚れたスニーカーを見下ろしながら言った。 「潔癖症ってほどでもないんですけど、少し神経質なんです。不特定多数の人が触れる物が苦手で、こういうベンチも、直に座るとなんだか落ち着かなくて……」 「ああ。だからお前、俺に触られそうになったとき、あんなに拒否ったんだな」 「……すみません」 「いや。ホームレスに触られそうになったら、潔癖性じゃなくても嫌がるだろ。――っていうか悪かったな」  男は涼一の手首を指で示した。 「掴んじまっただろ。さっき」 「あっ……」  パッと手を引き、男に指さされた手を、庇うように胸の前に持って行った。 ……すっかり忘れていた。確かにさっき、男に手首を掴まれたのだ。  ずっと平気で男と話していたのに、思い出した途端、何かが絡みついているような嫌な感じが生まれてくる。  男を見上げた。目が合った。男から先に目を逸らした。  涼一はそのまま、男の彫りが深い横顔を俯きがちに眺めた。先日は伸びきっていた髭が、今日は綺麗に剃られている。 「――おふくろさんは心配しないのか? 大事な一人息子がこんなところで……お前、一人だよな?」 「あ、はい。一人っ子です」 「大事な一人息子がこんなところで俺みたいなホームレスと付き合っててさ。母子家庭ならなおさら心配すんだろ」 「母は仕事に行ってます。だから僕がここにいることは知りません」 「歳は? お前まだ学生だろ? 学校はどうした?」 「学校は……」  涼一の声が萎む。  言いたくない。言えない。  何を納得したのか、男は「ふぅん……」と呟き、膝の上で手を組んだ。つま先に穴が開いたボロボロのスニーカーを見下ろし、自嘲するように笑った。 「同じ普通からはみ出した人間ってわけか。俺もお前も」 「…………」  何も言葉が出てこなかった。その代わり、感情の全てが目の奥に集まり、そこが焼けるように熱くなる。  つんと鼻が痛む。誤魔化すように、軽く頭を振って首を傾け、膝の上で拳を握った。 「僕……」  いつの間にか雨は弱くなっていた。  大きかった雨粒は細い光の糸へと変わり、涼一と男のいる木陰を包むように降り注ぐ。しとしとと静かに、まるで二人きりのこの場所を、世界から隠してくれているようだ。 「僕は……涼一って言います。涼しいっていう字に、漢字の一で涼一です」 「マサキだ」 「どう書くんですか?」 「漢字は――真心の真に、サキ」  男……マサキは傘を使って地面に『崎』の字を書く真似をした。  字面から推測するに、名字だろうか。……なんでもいい。 「僕は十六歳です。早生まれなので、学年で言えば高二です」 「若いな」  それだけだった。呼び名以上のことは教えたくないのかもしれない。だから涼一も、それ以上は聞かないことにした。  ピピピピ。まるで測ったように、腕時計のアラームが鳴った。それがタイムリミットだと知っていたはずはないが、真崎はゴミ袋とカップ麺の入った袋を持って立ち上がった。 「まぁ、アレだ。親に心配はかけるなよ。何か言いがかりでもつけられて、ここを追い出されたら困んだから」  さっきまでの柔らかかった雰囲気が嘘のように、ぶっきらぼうで突き放したような口調に変わっていた。 「……すみません」 「別にお前のことを迷惑とか思ってるわけじゃない」  慌てて付け足されたのは、言い訳めいた言葉だった 「――ただ、こっちだって乞食じゃないんだ。次からは手ぶらで来い」  つまり、次があってもいいということか。  どう反応したらいいのか分からず、涼一は傘で顔を隠して頷いた。真崎からは見えなかったはずだ。  けれども真崎は、「じゃあな」と言い残し、傘も差さずに林の中に入っていった。真崎の姿が完全に見えなくなってから、涼一も来た道を引き返した。

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