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第9話

 初めて連れ込まれたテントの中は、外から見た以上に窮屈だった。  入ってすぐのところはキッチン。小さな台に置かれたガスコンロがあり、鍋や皿、インスタントラーメンが無造作に積まれている。  奥にはちゃぶ台と座布団があり、その周りを囲むようにして、カラーボックスやプラスチックの衣装ケース、ハンガーラックなどが置かれていて、人が歩くスペースはほとんどない。窮屈に感じるのはこのせいだろう。  寝床は一番奥で、見るからに古めかしい布団が敷かれている。スペースが足りないらしく、布団の端の方はテントの壁にぶつかって折れていた。  真崎のテントだ。  散々泣き喚いた後で糸の切れた人形のように座り込んだ涼一は、引きずられるようにしてここまで連れてこられた。そして真崎に渡された新品のタオルを手に持ったまま、入り口のところで項垂れながら突っ立っている。  薄暗いテントの中には、バタバタとブルーシートを叩きつける雨音が響いていた。その音に混じり、ガシガシと乱暴に頭を拭く音がする。  音はすぐに止み、今度は衣擦れの音が聞こえた。そしてその音も止むと、新しい服に着替えた真崎が、汚いタオルを首にかけながら遠慮がちに言った。 「……そのままじゃ風邪引くぞ」  涼一が反応せずにいると、真崎はキッチンのところに戻ってきて、涼一の頭を拭き始めた。自分の頭はガシガシと乱暴に拭いていたくせに、涼一の頭を拭く手つきは優しく、まるで壊れ物にでも触れるようだった。 「その格好じゃ気持ち悪いだろ。服貸してやるから脱げよ」  真崎に優しく声をかけられても、涼一は何も答えない。タオルの擦れる音が虚しく響く。 「外のコインランドリーで洗ってきてやるから。服が乾いたら、家まで送ってやるよ」  それでも涼一は答えない。真崎はため息を吐き、涼一の頭からタオルを取った。 「脱がせるぞ」  いきなり涼一のズボンに手をかけてくる。そのとき初めて、涼一の肩が微かに震えた。 「嫌なのか?」  ズボンのボタンを外したところで、真崎の手は止まる。 「だったら自分で脱げよ。俺だって男なんか脱がせる趣味ねぇんだよ」 「……」 「それとも俺に剥かれたいのか? そうじゃないなら、風邪引く前にさっさと脱げ」  真崎が手を離すと、涼一はのろのろとシャツを脱ぎ始めた。真崎は涼一から離れてテントの奥に行き、布団の上に投げ捨てられていたエロ本を拾い集めて衣装ケースに突っ込む。  脱げる物は全て脱いでパンツ一枚になった頃、真崎に声をかけられた。見れば、ちゃぶ台の上に真新しいタオルが二枚と長袖シャツ、水の張られた洗面器が置かれていた。 「来いよ」  夢遊病患者さながらにフラフラと真崎の元に向かう。手には濡れた服を持っていたが、それは真崎に奪われた。 「気休め程度かもしれないけど、これで洗え」  固く絞られたタオルを渡された。受け取ったが、涼一はただ手に持つだけで何もしなかった。 「洗えっつったろ」  真崎は座布団の上にドカッと座ってあぐらをかいた。「っつーかお前」パンツ姿の涼一を見上げ、困ったように首の後ろを掻く。 「パンツが一番気持ち悪いだろ。男同士なんだから気にすんな……ってのもアレだけど……あんま意識しなくていいから……」  涼一は真崎の方は見ずに下着を脱いだ、  脱いでから気づいたが、白いブリーフの尻部分には薄茶色の染みができていた。泥のせいなのは間違いないが、とてつもない羞恥心に襲われて顔が熱くなる。  赤くなった涼一の顔を見上げ、真崎はようやく表情を和らげた。 「心配すんな。分かってるから貸せよ」  涼一は真崎に下着を渡し、泥で汚れた体を拭いた。それから真崎の長袖シャツを頭から被った。  だいぶ大きい。肩も袖も余っているし、裾が長くて、短いワンピースのように裸の下半身がすっぽり隠れる。真崎もそう思って、上着だけ貸してくれたのだろう。  袖を捲り、座っている真崎を見下ろす。真崎の顔には真新しいひっかき傷が目立っていた。口の端も切れて血が固まっている。 「顔、すみません……」 「いいよ、別に。それよりお前、ようやく口利いたな」  真崎は笑った。その笑顔が痛々しくて、涼一は真崎から目を背けた。 「カビでも生えると悪いし、ちょっとゴザを拭きたいからそっちに避けといてくれ」  布団の方を顎で示される。それから「座っていいぞ」と言われ、涼一は布団の上に行って、足を崩して座った。  真崎がゴザを拭いている間、涼一は尻の下に敷いている布団をぼんやりと眺めた。  ボロボロの布団だ。目立った汚れはないが、ところどころ破けて綿がはみ出している。もしかしたら拾いものだろうか。  そんな得体の知れない布団の上に、尻や脚の素肌が直接触れているというのに、不思議と今はどうでも良かった。  どうせ涼一だって汚いのだ。  あの頃、涼一は捨てられた弁当箱を取り返すために、何度もゴミ箱や便器の中に手を入れた。トイレの中で土下座したことだってある。同級生の前で裸になってペニスを触った姿は、動画になって世界中に配信された。  それに、学校に通っていた頃は、ストレスでよく吐いていた。そのせいで吐き癖が付き、いまだに強い不安を覚えたり動揺したりすると、人目があっても関係なく吐瀉物を撒き散らしてしまう。  誰かを汚いと思うなんておこがましい。涼一は、汚いと思われる側の人間だ。 ……なんだか酷く疲れてしまった。考えることも嫌になり、のろのろと体を倒して汚い布団の上に横になった。そっと目を閉じる。  布団からは、微かだが煙草の臭いがしていた。真崎は煙草を吸わないから、やはり誰かから譲り受けた物なのだろう。  ゲームをするとき、涼一はいつも自分の中でノルマを決める。何周する間にスコアをどれだけ出す、ボスは何ターンのうちに殺す、そんなふうに。そしてノルマを達成できなければ、もう一度やり直す。涼一にとって、自分が計画した完璧なルートを通れないということは、失敗したのと同じ事だ。  人生にはリセットボタンがない。セーブポイントもなければ、再起動もできない。  だから涼一の人生はとっくに終わっている。これから先の人生でどれだけの大逆転をしても、既に涼一の人生は完璧であるための道を外れてしまった。だから意味がない。もう終わった人生だ。  焼け付くような視線を感じ、目を開けた。真崎が手を止めてこちらを見ていた。目が合い、その目に動揺が走る。 「……悪い」  真崎は涼一から顔を背けた。耳まで赤くなっている。一心不乱にゴザを拭き、終わると、涼一のところまで来た。  しばらく涼一を見下ろしていたが、不意に指の背を涼一の頬にあててきた。 「冷たいな」  そう言う真崎の指はとても熱かった。細められた真崎の目も、どこか熱っぽく見えた。 「もう少し端に寄ってくれ」  何も考えずに限界まで端に寄ると、体の下から掛け布団を引き抜かれた。そして真崎は涼一の隣に寝転がり、二人の体の上に掛け布団をかけた。  息を吸い込むと臭いがする。  煙草……だけではない。微かなカビ臭さと生乾きの洗濯物、カップラーメンのような臭い。けれども温かかった。 「外とは思えないくらい静かだろ」   真崎は目を細めて天井を見ていた。背の高い真崎が立つと頭が触れてしまいそうなくらい低い天井だ。 「こんな公園だけど、晴れてる日は子供の騒ぐ声とか外を走る車のエンジン音が聞こえてくるんだよ。でも雨だとそれもかき消されるから、今の暮らしを初めてからは雨が嫌いじゃなくなった」  確かに、外からは雨の音しか聞こえてこない。ボツボツボツと大粒の滴がブルーシートを叩きつける音だ。傘の中で聞く、籠もった雨音に似ていた。  真崎は涼一の方に顔を向け、静かに言った。 「俺とお前だけだ」  涼一は瞼を閉じる。雨の音よりもずっと近い場所で、自分以外の人間の呼吸を感じる。  真崎と涼一だけ――本当にそうであればいいのにと思った。  このテントの外には世界などなく、地球上に存在する人類は真崎と涼一の二人だけ。二人の間には過去も未来もなく、どこにも行けない。そうして一生このテントの中で互いの今だけを見て生きていられたら、どれだけ幸せだろう。  頬に熱いものを感じた。真崎の指だ。涼一が目を開けると、真崎は「嫌か?」と聞いてきた。涼一には答えられなかった。 「涼一。さっきのは……」  真崎の顔が苦々しげに歪み、数秒して、頬から指が離れていった。 「俺が悪かったんだ。新藤君はお前と年も近いし、俺なんかと一緒にいるよりもずっといいだろうと思って、俺がわざと引き合わせたんだ。お前のこともいろいろ相談してて、そしたら今日……というか、さっき、お前のことで大事な話があるって言われて付いて行った。そこであの動画を見せられた。たぶんどこかであの動画を見つけて、まず俺に相談しようと思ったんだと思う。元々お前のことは俺が新藤君に相談したわけだし、お前は俺に懐いてるから」  だからなんだと言うのだ。今さらそんな弁明をされても、真崎が涼一の過去を知ってしまったことに変わりはない。  涼一の赤く充血した目に、また涙が浮かんでくる。涙はすぐに堪り、音もなく静かに零れていった。 「涼……」  真崎は何もできず、ただ諦めたように涼一を見つめていた。  涼一の目からは涙が溢れ続け、目の横を伝って潰れた布団へと染みこんでいく。目の前の真崎に縋ることもせず、たった一人きりで泣き続け、ついに息が苦しくなってきた。涼一の口からは、小さくしゃくりあげる音が漏れた。 「……っ、……なん、で……」  その瞬間だった。真崎は顔を顰め、ゆっくりと息を吐く。  そして、涼一を抱きしめた。  息が止まりそうになるほどの力だった。 「涼一。お前が忘れろって言うならさっきのことは全部忘れる。俺と会うまでのことも追及しない。……だからもう泣くなよ」  不思議だ。泣くなと言われ、ますます涙が止まらなくなった。  真崎のことが憎い。理不尽だと分かっていても、こうなるきっかけを作った新藤よりもはるかに、涼一の過去を知った真崎のことが憎くて堪らない。  それなのに、真崎の腕の中にいるととても安心する。そしてどうしようもなく、縋り付きたくなる。  癇癪を起こした子供のようにしゃくりあげ、ぼろぼろとこぼれる涙を真崎の首元に押し付けた。真崎は黙って涼一の背中を撫で続けた。  真崎が抱き寄せたのは涼一の上半身だけで、下半身はまだ少し離れていた。しかし布団の中で少し身じろいだ拍子に、膝が真崎の脚にぶつかった。咄嗟に引く。すると真崎の方から、涼一の脚の上に片脚を乗せてきた。  ふと、涼一は自分が下に何も履いていないことを思い出した。布団の中ではシャツが腹のあたりまでまくれている。つまり、下腹部はむき出しになっているということだ。  急に恥ずかしくなり、シャツを整えようと手を動かす。そのとき、手の甲が何か硬いものにぶつかった。最初のうちはそれが何かわからず、気にも留めなかった。しかし。  数秒遅れて顔を上げる。真崎は真顔だった。が、涼一と目が合った途端に目を逸らした。 「……悪い。久しぶりだったから、つい……」  何が久しぶりで、何がついなのだろう。真崎の顔は赤くなっていた。。  急におかしくなってきた。泣いていたことも忘れてしまうくらい、馬鹿みたいにおかしかった。  涼一は泣いたまま眉尻を下げ、ふふっと笑い声を漏らす。真崎は思いっきり嫌そうな顔をした。 「……生理現象だからしょうがないだろ」  どんな言い訳だろう。生理現象と言うなら、泣く相手を見て萎える方が自然な反応ではないだろうか。  真崎の顰め面が無性に情けなくて、余計におかしくなってきた。涼一は真崎の胸に顔と声を押し当て、肩を震わせて笑った。真崎はそれ以上何も言わず、ぽんぽんと涼一の背中をたたいた。  だがどれだけおかしくとも、笑いというのは徐々に収まってくるものだ。波が引くように涼一の笑いも落ち着いてくる。そうなれば、今度は別の感情が押し寄せてくる。  涼一の口から吐き出される息が、重く、熱くなった。  まるで真崎のその場所の熱がうつってしまったようだ。我慢できず、恐る恐る腰を前に突き出す。  ぶつかった。  下腹部で感じる。真崎の履くズボンの厚い布。そこが大きく押し上げられ、みっしりとした膨らみがある。  まだ柔らかい涼一のものは硬いそこに押し返され、ぐにゃっと曲がった。 「……ぁっ」  息を吐くのと一緒に小さく声が漏れる。体の力が抜けた。  咄嗟に真崎の背中に腕をまわして縋りつく。  ぐっともう一度腰を押し付けると、全身に弱い電流が走ったように、体がびくっと震える。それがあまりに気持ちよくて、目の前の何もかもを忘れられた気がした。涼一は夢中になって腰を押しつけた。 「……ん、ふっ……」 「涼一」  突然かけられた声で我に返った。上を向く。真崎が切羽詰まったような怖い顔をしていた。  声をかけてきたくせに、真崎は何も言わない。じっと押し黙り、食い入るように涼一を見つめている。  二人の膨らみはまだぴったりとくっついたままだ。どくどくと脈打っているように感じる。涼一のものはシャツがめくれ、真崎のズボンに直接あたっていた。真崎がそれに気づいているかは分からないが、涼一が感じているように、真崎もその場所で涼一を感じているのは間違いない。  お互いに探り合っていた。進むべきか、戻るべきか。  もし一歩でも進んでしまえば、もう元には戻れない。それは分かっていた。しかし男の肉体を持って生まれた以上、この衝動を抑えることはできない。  涼一は真崎のシャツを握りしめていた手を緩め、トントンと二度、大きな背中を叩いた。 「……なんだよ」  眉間に皺を寄せ、唾でも飲み込んだのか、ごくっと喉仏を動かす。  限界だった。真崎の胸に顔を埋め、トントン、トントンと二度ずつ繰り返し、背中をたたき続ける。 「涼……」  驚いたような声が聞こえた。  数秒後、いきなり性器を握られた。そのまま乱暴に扱かれる。 「あっ……!」  一気に上り詰めるような高揚感に襲われる。 大きくて硬い男の手の中で、涼一はあっさりと達してしまった。  気持ちよさが独特の倦怠感に変わてっていくのを感じながら、涼一は放心していた。  誰かの手で達するなんて初めてのことだ。それにしたってあまりに早すぎるし、何より真崎の手を汚してしまった。恥ずかしいとか申し訳ないとか考える以前に、ひたすらショックで頭が真っ白になった。  涼一の横で、真崎がおもむろに体を起こした。上着を脱ぎ捨て、ズボンも脱ごうとしたところで手を止める。結局、下は脱がなかった。上半身だけ裸の姿で、涼一の体を包む掛け布団を一気に剥ぎ取った。 「あ……」  ひんやりと湿った空気と共に、真崎の視線を下半身に感じる。  涼一は慌ててシャツの裾を引っ張った。いくら真崎の手で達してしまったとはいえ、直接見られるのは恥ずかしかった。  しかしそんな抵抗をしても、真崎の視線は涼一に貼り付いたまま、一瞬たりとも剥がれない。  全身の肌で感じる。ねっとりと絡みつくような視線。涼一の全身を舐め回すように這い回っていた。  シャツの裾から手が入ってくる。尻のなだらかな丸みの上を滑り、その後で当然のように割れ目へと指を滑り込ませてきた。そしてそこにある小さな穴に指の腹をあて、ぐっと押してくる。 「っ……!」  驚き、体が強張った。後ろもキュッと窄んだ。そのせいで真崎の指に吸い付いたようになって、慌てて力を抜いた。 「違うっ……、今の……」  真崎は涼一の言い訳など聞いていなかった。 鼻から深く息を吐き、涼一を見下ろしてくる。真崎の目は、経験のない涼一でも一目で分かるほどに欲情していた。  ゾクッと体が震える。まっすぐ涼一に向けられるその眼差しだけで全身の血が沸き立ち、その血が一点へと集まっていく。  真崎は涼一の中に指を挿れ、慣らした。だいぶ広がってくると、手早くズボンを脱ぎ、皺だらけの下着も脱ぐ。そうして全裸になり、 興奮と躊躇いの入り交じった眼差しで涼一を見下ろしてきた。  真崎の性器は完全に勃ち上がっていた。涼一が想像したこともない大きさだ。 「ゴムなんてねぇぞ」  今さらだ。住む家すらまともに持っていない男にそんな物を期待してはいないし、そもそも男同士に避妊具が必要なんて考えもしなかった。 「まさき、さん……」  涼一は怖々と真崎の腕に触れた。前腕のあたり。そんな部分でさえ、真崎の体は涼一よりもずっと太くて硬かった。  真崎の目から躊躇いが消えた。 「初めてだよな? 怖くなったら言えよ」  真崎は脂汗が滲む涼一の額を優しく撫でた。それから涼一の膝裏に手を入れて持ち上げ、ぐっと脚を開かせる。  真崎に尻を向けるような格好だ。おしめを替えてもらう赤ちゃんのような格好でもある。 真崎からは陰嚢や尻の穴がよく見えることだろう。  恥ずかしさとこれから起こることへの不安で心臓がバクバクと激しく暴れる。  怖い。それなのに気を抜くと笑い出してしまいそうにもなる。高揚のせいか。  真崎が自身の性器を握り、涼一に向けてしっかりと構える。そのせいで涼一の脚は片側だけ解放された。  その脚を、涼一は自分から掴んだ。そして真崎が開かせた以上に大きく開き、反対の手は後ろの穴へと伸ばし、そこも大きく広げる。  真崎は凝視するように目を細めた。その額から汗が一粒落ち、涼一の腹に落ちた。  それが合図だった。  涼一が広げて待つ場所に真崎の先端があたる。とても熱い。熱の塊だ。  熱の塊が、ゆっくりと涼一の肉を割開いて中に入ってくる。 「ぐっ……ぅあ、ああぁっ……!」  涼一は目を見開き、恐怖に唇を震わせた。  犯されている。真っ先に思ったのがそれだった。そう思うしかないほど、真崎からの挿入は暴力と変わらない。  まだ頭のほんの先っぽしか入ってきていないというのに、真崎を受け入れている場所の入り口は限界まで広げられ、筋肉はミシミシと嫌な音を立てている。今から思えば、指を入れられたときの不快感なんて可愛いものだ。今されていることは拷問にも近い。  しかし、当然これで終わりではない。真崎の熱は更に奥をこじ開けようとしてきた。 「い……っ!」  ピリッと引き裂かれるような痛みが走る。瞬間、大きな塊がズブっと入り込んできた。 「ぃぎっ……! あ、うあぁっ……」  泣きながら真崎にしがみつく。広い背中に腕をまわし、縋るように必死で爪をたてた。涼一の爪は間違いなく真崎の肌に食い込んでいるのに、真崎は気持ちよさそうにため息を吐いた。 「……あんまヒクつかせんな。久しぶり過ぎて持たねぇ」  そんなことを言われてもどうしようもない。 乱れた呼吸の合間に、後ろが勝手にヒクヒクと動いて異物を追い出そうとしているのだ。「……悪い。先に一発出させてくれ」  切羽詰まった声だった。  亀頭を涼一に嵌めたまま、真崎は性器を扱き始める。乱暴かつ早急に。限界だという言葉の通り、すぐに真崎は涼一の浅い場所で果てた。 「っ……!! あー……情けねぇ」  ははっと真崎は笑う。何が情けないのだろうか。涼一には分からなかったが、尻の中に熱いものが広がったのは分かった。  ショックだった。自慰の延長のような行為とは言え、涼一の中は真崎の精で汚されてしまったのだ。  茫然としていると、真崎は「大丈夫か?」と聞いてくる。涼一には頷くことしかできなかった。 「ま、これでローション代わりにはなったか」  出したばかりだというのに、真崎はもう硬くなっていた。  涼一の深い場所を目指し、再び動き出す。  さっきまでよりも摩擦が減り、無理やり肉を引っ張られるような痛みは減った。精液の滑りのおかげだろう。  だからと言って痛みがなくなったわけではない。涼一の顔は苦痛に歪み、歯を食いしばりすぎたせいで真っ赤になっていた。 「んっ、ぐっ……う……」  真崎が奥を割り開く度、涼一の閉じた口から苦悶の声が漏れる。真崎は性器を半分ほど入れたあたりで進むのを止め、涼一の萎えた性器に触れてきた。 「……やっぱこっちのがいいか?」 「ひっ……!」  上下に扱かれる。  ペニス……男が持つ交接器……涼一が男である象徴。真崎の手が、今そこに触れている。  急に怖くなった。真崎から逃れようと身をよじる。 「やめっ……て」 「じっとしてろ」  真崎の手の動きが少し荒っぽくなる。涼一の性器を擦りながら、真崎自身も涼一の浅い場所に性器を擦りつけてくる。真崎の性器は棒のように硬くなっていたが、涼一の方はぐにゃりと力なく垂れ下がったままだった。 「くそっ。全然ダメじゃねえか」  真崎の苛立った声に、体がビクッと震えた。  涼一にも性欲はある。あんな動画が広がる以前には、ネット上に無料であげられているアダルト動画やエッチな漫画ををこっそりと盗み見ることもあった。さすがに男女間でのものしか見たことはないが、涼一の知る限り、女性は例え強姦だとしても最後には必ず悦んでいた。現実がどうなのかはともかく、涼一の知識にあるセックスは必ずそうだ。  それなのに、今自分から望んで真崎に抱かれている涼一は少しも気持ちよさを感じない。それどころか、真崎からされることを暴力のように感じてしまう。女性なら気持ちよく受け入れることができるであろう真崎の性器でも、涼一の体には凶器にしかなり得ないのだ。そのことが恥ずかしくてたまらなかった。  一向に反応する気配のない涼一の性器から、真崎は手を離した。 「涼一、キスは駄目か?」  無骨な指の背が涼一の唇を軽く押した。  口と口で。そういうことだろう。  涼一は真崎の唇を見た。あんなにかさついていた唇が今は濡れている。端のところには涼一のせいで切れ、血が固まっている。  真崎の体液……精液だったら、既に涼一の中に入っている。唾液は涼一の胸で乾き始めている。血は――。  涼一は真崎の頭の後ろに手をまわして引き寄せた。すぐ目の前に迫った真崎の顔。躊躇いもなく、その唇の端に舌をはわせた。 「……っ」  真崎は顔を引いた。驚き、目を丸くしている。しかしすぐに涼一の舐めた跡を舐め、乱暴に感じるような強さで唇を重ねてきた。 「んっ……、んぅ……」  唇で唇を開かされ、できた隙間から舌が入り込んでくる。ぬるぬると動き、口の中を隅々まで探られた。涼一も負けじと舌を伸ばして真崎の口の中に入れ、切れた唇の端の裏側を舐めた。真崎はもう顔を引きはしなかった。  血の味がする。少し錆っぽい、鉄のような臭みの味。夢中になって舐めていると、真崎の舌にやんわりとひきはがされた。そのまま真崎の舌は涼一の舌に絡んできて、舌の付け根から舌先までを丁寧に舐める。  舌が離れると、また唇を深く重ね合わされる。顔を傾けて深く吸い付いてくる。涼一も同じようにした。真崎が上から唇を重ねてくるせいか、キスの合間に唾液が流れてくる。生暖かく、血の味とカレーの匂いが微かにした。涼一の初めてのキスの味だ。  流れてきた唾液が喉の奥に溜まる。ゴクッと喉に押し込んだ。その瞬間、ぞわっと悪寒が走った。  肌が粟立ち、同時に、頭の奥が痺れるような興奮もあった。  キスをしたまま、真崎の指が涼一の前髪を撫でて横に流す。汗で額に張り付いたものがいくらか残っていた。それも横に流すと、一度唇を離し、また唇を重ねてきた。  頭の中がフワフワして何も考えられなくなる。体の力が抜ける。涼一の中で、真崎が静かに動き始めた。  何かを探っているのだろうか。先端のくびれた部分をひっかけるように小さく前後に動きながら、少しずつ涼一の奥に進んでくる。 痛いのも苦しいのも相変わらずだが、不思議とさっきまでよりは気が楽になっていた。特に真崎から胸や腹を撫でられると安心した。  まるで限界などないように、真崎はどこまでも深く入ってくる。真崎の性器はどれくらいの長さだっただろうか。どれだけ受け入れれば満足してくれるだろうか。そんな考えが頭を過ぎり始めたあたりで、急に強くつかえるようになった。真崎はキスを止め、無理やりこじ開けようとしてくる。その瞬間だった。 「やっ……あああああぁっ!!」  電流が全身を駆け抜けたと思った。目を見開き、体をびくびくと震わせる。真崎のものを後ろでぎゅっと締め付けているのを自分でも感じていた。 「ひっ、あ、あぅっ……。あ、あ……ひっ」 「くそっ……。待て、締めんな……」  顔を歪め、真崎が何か言った。その言葉も頭をすり抜けていく。  頭の中が真っ白になっていた。  ジクジクとした痛みの向こうに、気が狂ってしまいそうなほどの快感がある。ただただ気持ちよくて、何も言葉が出てこない。 「んっ……、ふっ、う……」  必死になって真崎に縋り付く。真崎は舌打ちし、涼一の奥を乱暴に突き立ててきた。 「ひゃっ、あ、あ……! まっ……て!」 「……っ、涼、悪い……」  真崎の肉がビクビク震え、涼一の内側も震わせた。腹の奥に熱いものが広がる。  涼一の一番深いところで動きを止め、真崎は項垂れ、肺から息を絞り出すように荒く肩を上下させた。額に浮かんだ汗がぽたぽたと落ちてくる。 「あー、すっげぇ……。なんだよこの穴……」  ハハっと笑って汗を拭い、真崎は顔を上げて涼一を見た。  涼一の目は焦点も合っていない。半開きの口から嗚咽とも喘ぎともつかない声を漏らし、だらしなく蕩けきった顔を晒していた。  真崎の顔から笑みが消える。血走った目を愕然と見開き、突然、火が付いた。  飢えた獣さながら、真崎は涼一の唇に食らいついてきた。 「んっ、ふっ……!」  驚き、反射的に身を捩る。真崎の腰が離れ、 涼一の中からズルッと性器が抜けていった。  その瞬間を待っていたかのようだ。  ポッカリと開いた穴から、ドロッとした精液が押し出される。 「ふァっ……!!」  排泄のようでいて、排泄とは違う。自分の意思とは関係なく、後ろから熱いものが垂れ流されている。あまりの恥ずかしさに、飛びかけていた意識が戻ってくる。 「まっ……ひゃひっ、ひゃ……アっ!!」  口の中に滑り込んできた舌が、奥の方で縮こまっていた涼一の舌に絡みついてくる。逃げようとしても捕らえられ、力でねじ伏せられる。繋がった口から、生暖かい唾液が垂れ落ちてきた。 「ふぅっ……、う……」  偶然にしては量が多すぎる。意図的に流し込んでいるに違いない。それなのにもう、嫌悪感は微塵も感じなかった。  真崎の頭に腕をまわし、ぎゅっと抱きしめ、少しでも深く繋がれるように顔を傾けて唇を押しつけ返した。  厚い唇へ、夢中になって吸い付く。真崎の生暖かいものを喉の奥に流し込む。頭がしびれ、羞恥は完全に吹き飛んでしまった。  真崎は涼一の舌を離し、舌先で歯列をなぞり始めた。  上の歯。下の歯。右の奥から左の奥まで、終わるとまた左の奥から右の奥へ。その並びを覚えるように何度も舐め、やがて、一点を執拗に押してくるようになった。  左上にある奥から三番目の歯――キスに夢中になっていた涼一はしばらくしてようやくそれに気づき、真崎の舌を押し返そうとした。 「ん、……っく、ううっ……!」  涼一自身さえときどき忘れてしまう、もう一つの秘密。  涼一の歯は矯正を必要としないくらい整っているが、涼一が小さな口を開けても見えないその場所だけ、歯が内側に向かって生えていた。  歯科医からは治療を薦められないと言われて放置していたが、涼一にとってはちょっとしたコンプレックスだった。ただ、他人に知られてしまうものではないため、今はあまり気にしないようにしていた。歯なんかより、もっと大きな問題があったからとも言える。  だが見えなくとも、キスをすれば知られてしまう。外から触れればへこんだようになっているそこに舌先をねじ込まれ、初めてそのことに気がついた。  体に精を受けたときより、唾液を飲まされたときなんかよりもずっと、ぞっとした。  涼一は真崎の肩を掴んで押し返した。 「い……やっ!」 「…………」  真崎はあっさりと顔を引いた。怪訝そうに眉を顰め、無言でもう一度唇を押しつけようとしてくる。顔を横に背けてそれを躱した。 「やめて……」 「なんでだよ。今さら」  突然、口の中に指を突っ込まれた。 「んぐっ……!」  親指だった。歯のへこんだところをグリグリと押され、涼一はもがいた。 「まっ……まひゃ、……いやっ……」 「恥ずかしがってんのか?」  羞恥で腹の底が熱くなった。これ以上真崎に顔を見られていたくなかったが、口の中に指を突っ込まれていれば無理だった。 「これが気になってんのか? キスしていいって言ったのはお前のくせに、今さら面倒臭い真似すんな」 「ら、……って」 「だって?」  指を引き抜かれる。  真崎の顔は見ずに、芋虫のように体を転がして背中を向けた。そのまま黙っていると、大きな手で尻たぶを掴まれた。 「だって――なんだよ?」 「ちゃん、と……して……ない……」 「ちゃんと?」  尻を握りつぶされた。涼一はビクッと肩を震わせ、無意識のうちに近くにあった枕をたぐり寄せていた。 「歯が綺麗に生えてないってことか? それがどうした」 「ちゃんと……してなっ、から……」  言いながら体が震えてくる。涙も出てくる。けれど、ずっと固く封じていたはずの場所の蓋は開いてしまった。もう止まらない。  汗と言うだけでは説明のつかない嫌な臭いのする枕に顔を押しつけ、涼一は叫ぶように吐き出した。 「嫌なんだよ! 誰にも……まさっ、真崎さんにはっ、いちばん! 僕なんか、歯もちゃんと生えなくて、こんな……ぜんぜっ、普通じゃない……! 僕なんか、知らないでよ!」 「お前より歯並び悪いやつなんて腐るほどいるだろ」  真崎の声は落ち着いていた。  涼一の顔を無理やり自分の方に向かせて口に指を突っ込み、ずれた歯を親指と人差し指で乱暴に掴む。まくれ上がった唇が歯と指で押しつぶされて痛かった。 「あっ、がっ……!」 「何が『ちゃんとしてない』だ」  真崎は突っ込んだときと同じ乱暴さで指を引っこ抜いた。  ゲホッとむせる。涼一の開いた口から零れた唾液が枕に垂れ落ちた。 「アホだろお前。歯が一本変に生えてるくらいで何グジグジ面倒くせぇこと言ってんだよ。 その程度で『ちゃんとしてない』だ? だったら俺はなんなんだよ。こんな汚ぇテントでホームレスしてる俺なんか、お前から見たらゴミ以下か? あ?」  捲し立てる声は低く冷たい。涼一を見下ろしてくる眼差しも冷たい。  嫌われた。  そう思った瞬間、何もかもが頭から吹き飛んだ。 「そうだよ! アンタ達みたいな、社会のゴミ! 汚っ……し、臭い、し……! ほんとは、近づきたくなんて……!」  心の本当のところでは、真崎の足下に額をつけて「ごめんなさい」「嫌わないで」と泣いて縋り付いていた。  なのに実際に口をついて出るのは、本心とは程遠い、相手を傷つけるための言葉だった。 ――あのときから何も変わっていない。  涼一は赤く腫れた瞼を細める。涙がボロボロと零れてきた。 「……嫌いだ」 「俺が?」  首だけで振り返る涼一の前で、真崎は自身のペニスを擦った。 「俺が嫌いか?」 「…………」 「なぁ、リョウ」  少し擦っただけで終わり、もうペニスを構える。涼一に向けて構えたまま、「俺が嫌いか?」ともう一度聞いてきた。  答えなんて決まっている。 「……大好き」  掠れた声で答えたのと同時だった。柔らかくなっている涼一の中へ、真崎が何度目かの侵入を果たした。 「いっ……!!」  裂けるような痛みが走る。さっき広げられたおかげかすんなり入るようにはなっていたが、真崎が入り口のあたりを通ると、思わず身悶えてしまう激痛に襲われた。 「あぅっ……い、ぎっ……!」  枕を、布団を、爪の色が変わるくらい掻きむしる。 「嫌いなのは自分か」  痛がる涼一にも躊躇わずに深く差し込んでくるくせに、真崎は馬鹿みたいに優しく涼一の後ろ頭に唇をあててきた。 「こんなに頑張ってるのにな、お前。見てるこっちが息苦しくなるくらい気ぃ張って」  そんなのは当たり前だ。勉強だって苦手な運動や美術だって合唱コンクールだって、これまで頑張らなかったことなんて一つもない。  むしろ、頑張るしか能がない。涼一にはそれしかないのだから。  だけど。 「……意味、ない」 「なんで?」 「がんばっても、高校かよえない。……みんなに、嫌われる……」  誰だってできる、当たり前のことだ。小学校の頃に同じクラスにいた九九もできない同級生だって、今頃は友達と一緒に高校に通っているだろう。  涼一は五教科のテストでいつも九十点以上を取ってきた。しかし、それよりももっと基本的なところで人並み以下なのだ。 「真崎さん、だって、ホームレスだから……動画、見ないって、分かってた……。だから、利用、した……」 「利用?」 「僕、ちゃんと、しなきゃって……。母さん、悲しませたく、ない……。なのに、できない……。外、でるのも……普通に……みんな、できるのに……僕には……」  真崎は半分ほど入れたところで動きを止め、じっと耳を傾けてくれていた。どんな表情をしているのか、怖くて確認できなかった。 「こういうの、だって……。僕、女子じゃな、から……。……よく、なれな……って、せっっかく、真崎さん、してくれた、のに……。よく、なれない……」 「なってただろ」  真崎が深く入ってくる。 「いっ……!」  奥を叩かれた。尻たぶが真崎の肌に触れている。完全に繋がった場所で、真崎は軽く腰を揺らした。 「ここ。さっきだってお前、ズコバコされて女みたいに善がってたじゃねえか。アレはなんだったんだよ。感じてたんじゃないのか?」 「違っ――」 「違わねぇだろ。俺のチンコでめちゃくちゃ感じてたんだよ、お前は」 「だ……って、あんなの……知らない……」  思わず振り返る。  真崎は笑っていた。少し疲れたように、しょうがないヤツだなとでも言うよう、呆れた顔で笑っていた。 「なら再戦か。俺ももう若くないんだから、あんま働かせんなよな」  二の腕を掴まれる。真崎が腰を上げると、一緒になって涼一の尻も突き上げさせられた。  優しかったのはそこまでだ。  真崎は腰を引く。上の方に向かって。  そして掴んだ涼一の二の腕を布団に押しつけて体を押さえつけ、上から一気に叩き込んできた。 「あァああああっ……!!」  ピカッと辺りが光る。  一瞬のこと。ドガンっと爆発するような音が響き、後を追ってゴロゴロと遠くから聞こえてきた。雷だ。  風も激しくなる。ゴオッっと唸り声をあげ、土砂降りの雨と共にテントを叩きつける。ブルーシートの壁がバタバタと騒々しく煽られていた。 「あひっ、……うぶっ、ん、んふぅっ……!」  腕を押さえられているため、どうしても顔を枕に突っ込むしかなくなる。  真崎は上から押しつぶすようにしてガツガツと涼一の中を突き、その度に涼一の体は激しく揺さぶられる。まるで嵐に巻き込まれた小さな木の葉だ。 「うっ……ンふっ、ふっ、ふぅぅ……!」 「ほら、すげぇ感じ方」  これを感じているというのだろうか。涼一の知る性的快感はもっと穏やかで緩やかだ。  例えば、下着の上からペニスを少し強めに撫でたときの、もどかしいような気持ちよさ。それを続けた後の、頭が空っぽになる開放感。  感じるとはああいう事だと思っていた。こんなに痛くて激しくて苦しい、自分が自分でなくなってしまうような快感ではない。  けれどもきっと、真崎が言うのならそうなのだろう。  涼一は感じている。真崎の性器で、きちんと。気持ちよくなり、ちゃんとセックスできている。 「はっ、あ、あァ……」  認めてしまえば簡単だった。口からだけでなく、脳からも涎が出ているみたいだ。  欲しい。もっと。奥をめちゃくちゃに突いて、精液をぶちまけて欲しい。そしてあの頭が吹き飛ぶような快感を――。 「イきそうなんだろ、涼一」  催眠術にでもかかったように、カクカクと頷いた。 「だったら口で言え。イくって」 「い……ぐっ……」 「イかせてほしいって」 「イかせて……くだ、さい……」 「どうやって?」 「おしり、を、性器、で……」 「もっとエロい言い方があるだろ」  どんな言い方が「エロい」なのか、真崎は答えを教えてはくれなかった。  悩む余裕はない。たった一つ、思いついた単語を叫んだ。 「チンチンで……! 真崎さんのチンチン、で……! イかせて!」 「ガキかよ」  真崎は鼻で笑う。けれども、言い直しを要求されることはなかった。 「ほら! イけよ! 大好きなチンチンで!」  パン、と肌がぶつかり合って音を立て、奥を乱暴に叩かれる。  涼一も盛りの付いた犬のように尻を振った。 「あふっ……! ひ、ひゃぅっ、あっ……! イくっ!! イっちゃう……!」 「イっちまえ!」 「いっ……! う、うぅーっ……!!」  涼一の体がビクンビクンと痙攣する。  真崎は焦ってペニスを引き抜いた。 「っ……ぶね」  真崎のペニスはまだガチガチに硬く、吐精もしていない。涼一もすぐに気がつき、体を震わせながら振り返る。 「あっ……」  真っ先に真崎の性器を目で追った。勃起している。涼一の中にあった精液で濡れ、なぜか血もついていた。怪我をしたのだろうか。 「ちん、ちん……」  恥ずかしい言葉を口にした。  だけど仕方ない。物足りないのだ。  確かに真崎はイかせてくれた。それは一人でするときとは比べものにならないくらい激しく、涼一の体はまだビクビクと震えていた。  けれども足りない。一番大事なものが足りない。 「ぬかない、で……。中、だして……」 「だったら広げて中見せろ」  腕を解放された。涼一は真崎の方を振り返ったまま、尻に手を伸ばした。  それが恥ずかしいことだと分かっていても、従わないという選択肢は存在しない。  上体は伏せ、真崎からよく見てもらえるように尻を限界まで高く持ち上げ、精液でグチャグチャに濡れた穴の縁を両側から引っ張って広げた。 「い……っ」  涼一の顔が引きつったのを真崎は見逃さなかった。 「痛いか?」 「い……え」 「嘘つけ。中切れて血が出てんだ。痛くないわけないだろ」  どうりで痛いわけだ。真崎の性器についた血も涼一の血だったということだ。 「でも、だい――」 「大丈夫って言うなら、もう二度と挿れてやらねぇぞ」 「なんで……?」  涼一は目を見開いた。 「痛いんだろ? だったら素直にそう言えよ」 「で、でも……」 「でもじゃねえ」 「だ……って」 「だってじゃねえ」  真崎はペニスを握り、涼一が広げている場所に指の腹をあててきた。 「お前からは見えないだろうけど、真っ赤になってんだよ」  穴の縁。なぞられる。 「ン……っ」  体から力が抜け、指から逃げるように腰が落ちる。  すぐに尻を持ち上げ直すと、また触れてもらえた。 「開きっぱなしになって、ザーメンと血、垂れ流して」  濡れている。その上を真崎の指が滑り、円を描く。  穴がヒクついた。 「ほんの何分か前までは処女だったくせに」  入ってきた。太くゴツゴツしているはずなのに、そこで感じるととても細く感じる指。  真崎の指は入り口の辺りを探るように触れ、涼一が強く反応する場所を見つけると、そこをグリッと押した。 「ぃっ……、だぁあああっ! やだっ!! やめてっ……!」 「その調子だ。全部吐き出せ」  恐らく、涼一の中の血を流しているところだ。涼一が泣き叫んでも、真崎はその傷を広げるように指の腹で乱暴にひっかいてくる。 「やだっ、って……! まっ、……あっ! い、たぃっ……!」  さすがに大人しく穴を広げていることなどできなかった。真崎の手を引き剥がそうとする。 「痛い、だけか?」   心なしか息が上がっている。嬉しそうな声だ。  涼一を傷つける手は休めず、真崎は握っていたペニスをゴシゴシと扱いた。それを見た瞬間、頭の中から何もかも吹き飛んだ。 「なんでっ……!? それ、僕の……! ぼく、ぼ、僕っ……!」  真崎は小さく舌打ちした。  涼一の尻を掴み、一気に最奥まで突き入れる。 「イっ、くぅっ……!!」  喉をのけぞらせ、涼一は内側の肉を震わせる。  突き入れられただけで、また達してしまった。この短い時間の中でもう何度達してしまったのだろう。  痛いのに気持ちよくて、気持ちいいのに苦しい。なのにほっとする。 「……ぶち込んだだけでイきやがって」  パン、と尻を平手ではたかれた。涼一は全身をびくっと震わせてから項垂れる。 「最初から、な」  真崎は肩で息をし、達している最中の涼一の中をかき混ぜた。 「どこが、ちゃんとしてた? お前なんか、ろくに人の目も見れないで」 「ぃひっ………! ん、はっ、あ……!」 「人が隣にいても根暗な顔でゲームばっかして、やたら潔癖で、懐いたかと思えば結構生意気で」 「あぅっ……あっ、ごめ、なさい……!」 「しょっちゅうゲロ吐くわ、泣くわ、人の顔殴るわ。……だいたいお前、なに俺のチンポコ咥えこんでんだよ!? 男のくせにふざけんな!」  突然真崎の語気が荒くなった。  パシン、パシン! 真崎の平手が尻に叩きつけられる。 「分かっただろ! お前はケツの処女掘られてイっちまう変態なんだよ! 初めてで痛いくせにもうチンコ夢中になってんだよ! 今さらまともぶってんじゃねえ! ちゃんとなんかなれるか! 俺はお前のこと、そんなふうにしか見てねぇからな! それでもチンコ突っ込んでやってんだよ!! お前のこと、気になって見捨てられねぇんだよ!」 「ごめ、なさ……。ごめ……あ、ァっ……!」 「だからもう、全部吐け! 痛いでも苦しいでも気持ちいいでもヤりてぇでも! なんでもいいから全部! 俺にだけは曝け出せ!」 「ひっ、うっ……」  なんでだろう。涙が止まらない。  誰にどんなことを言われても、やはり涼一はちゃんと生きなければならない。自分が「ちゃんと」と思う生き方を。ずっとそうやって生きてきたのだ。いまさらどうやってそれを変えられる?  それなのに、何を言われたって意味なんかないのに、真崎の乱暴な言葉は怖いくらいに優しい。  ちゃんと一人で立たなければいけないのに、真崎に寄りかかりたい。  甘えたい。真崎に助けられたい。真崎にだきしめてもらいたい。真崎に犯されたい。  分からない。どうしてそんなことを考えてしまう? 甘えたらいけないのに、ちゃんとしなくてはいけないのに。 「クソッ! また中に出すからな!!」  真崎の爪が尻に食い込む。  臭う枕。荒れた風で吹き飛んでしまいそうなテント。ブルーシートの青い世界。ホームレスの真崎。だらしない、ちゃんとなんてしていない真崎。 ――もう、楽になりたい。 「リョウっ……!!」  涼一に腰を叩きつけ、真崎が動きを止めた。  腹の奥に熱いものが広がる。  その瞬間、涼一の頭の中も真っ白になった。 「あっ、はぁあああっ……!」  一緒に達したのだ。  熱い。  真崎との境界が消える。体が溶け合い、一つになっていく。 「……いいぞ、リョウ」  真崎が荒く息を吐きながら言った。涼一とは違い、もうだいぶ落ち着いているようだ。 「上手だ。よく頑張ったな」  少し疲れたような低い声。 「頑張ったな、リョウ」  大きな手。大人の男の手。強い力で頭を撫でられる。 「よく頑張った」 「――い」 「ん?」 「――死に、たい」  自分でも思いがけない言葉だった。 「…………」  真崎は深く息を吸う。それから深く息を吐き、「そうか」と言った。 「……死にたかったのか、お前」  否定でも肯定でもない。真崎は「そうか」とくり返し、涼一の頭を撫でた。 「でも生きてるじゃねえか。よく頑張ったな」 「っ……」  なんでそんな優しいことを言うのだろう。  もうたくさん泣いて、みっともないところも見せて、もうこんなにボロボロなのに、そんなに優しくされたらまた泣いてしまう。涙と一緒に、決して漏らしてはいけない言葉まで漏らしてしまう。 「真崎さん、僕……」 「ああ」 「苦しかった……。ずっと……消したくて、も、生きてたく、ない……」 「ああ」 「くるし……って、ずっと……」 「ああ」  もう喉まで迫り上がっていた。  ずっと隠していた秘密。あの動画のことが明るみに出てからも、頑として認めなかった事実。 「僕……、僕は……」 「ああ」 「イジメられてた……。ずっと……」  ついに吐き出した。絶対に言えないと思っていた、たった一つの言葉。 「ああ」  真崎の感想は、やはりそれだけだった。だが、それだけで十分だった。  涼一の唇が震え、泣きじゃくる。真崎は涼一を抱きしめ、痛いくらいに抱きしめ、ずっとそのままでいてくれた。  いつの間にか、涼一は真崎の腕の中で眠っていた。そして夢を見た。たった一度だけ、いつも明るくて強い母の涙を見た日の夢だ。 「何が僕のためだよ!! 警察とか裁判とか、なんで勝手なことするんだよ! 僕は全部忘れたいんだ! なのにいつまでもなかったことにできないの、全部母さんのせいだ! 関係ないくせに余計なことすんなよ!!」  涼一は顔を真っ赤にして喚き散らす。その目の前で、凉江は床に座り込んで顔を押さえていた。 ――ごめんね、ごめんね、涼くんごめんね。  鼻を啜る音。嗚咽。凉江の綺麗な長い髪は乱れ、体は異様に細く小さく見えた。  それが堪らなくて、涼一はすぐ傍のテーブルに拳を叩きつけた。 「母さんのせいだ!!」  ガシャン! テーブルの上の食器が跳ね、茶碗が一つ転がり落ちた。  涼一の家にある普段使いの食器は全てペアになっている。凉江がピンクで涼一は黄色。 どちらかが壊れれば必ず買い直す。いつだって親子で色違いのお揃いだ。  床に落ちて割れたのはピンクの茶碗だった。 「学校だって、僕はあんなとこ嫌だったんだ! なのに母さんが勝手に決めて! なんで僕の気持ち、いつもちゃんと聞いてくれないんだよ!! なんで勝手に決めるんだよ!! なのに被害者面すんなよ!!」  凉江の細い肩が震える。  凉江が付けている薄ピンクのエプロン。小学生の涼一が母の日にプレゼントした安物の布地に、ポタポタと涙の染みができていく。  痛い。  喉が、拳が、胸が。  張り裂けて血が出ている。  あの日からずっと流れ続けて止まらない。  真っ赤で、真っ黒で、こんなにも汚い血。誰の目にも見えない血。  裂けた傷口から、一気に噴き出した。 「こんなんなら生まれてきたくなかった! どうせ最初っからお父さんもいなくて、ちゃんとした家じゃなかったんだ! なんで産んだんだよ!? 僕が苦しいの、全部母さんのせいだろ!! ふざけんな! まともな家庭も作れないくせいに産んでんじゃねえよ!!」  目の前の大切な人を傷つけるために叫んだ。そうしなければ心が押しつぶされてしまいそうだった。自分を守るためだけに叫び続けた。  そのときだ。 「涼一」  抱きしめられた。  後ろから。太い腕で、力強く。 「もういい。涼一」  無骨な声が低く空気を震わせる。 「もういいんだ。傷つけなくても……傷つかなくても」  男は無遠慮に涼一の傷口に触れる。  溢れる血は墨のような黒に変わり、男の手を真っ黒に汚していく。それでも男は涼一から手を離さなかった。汚れるのも気にせず、裂けた皮膚を上から押さえてくる。 「もういいんだ。涼一」  男の声がくり返す。  何度も、何度も。  その声があまりに優しくて、涼一の体から力が抜けていく。涼一は男に寄りかかった。  そして気がついた。  男の腕の中にいるときだけ、涼一の血は止まる。男は真崎だった。

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