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第5話
その日の収録後。
いつものように、ゆうみお姉さんから反省会という名のダメ出しに練習室へと呼び出されていました。
「髪型以外、ほんっっとに全部ダメ!!昨日も言った通り、あのフリのとこ全然楽しそうに笑えてないじゃん!終始緊張した顔で踊ってたら、テレビの前の子どもがドン引きするだろう!」
相変わらずゆうみお姉さんは歯に衣着せぬ物言いをします。ですが、全て本当のことなので僕はぐうの音も出ません。
はぁ……。
どうして僕はこんなにも要領が悪いんでしょうか。
髪を切って褒められたことで、よりにもよって何度もゆうみお姉さんから指摘されていた“笑顔”の件をすっかり忘れてしまっていたのです。
本当に歌のお兄さん失格です。
大きな溜息を付きながら練習室を後にした僕は、強い落胆から自分の楽屋ではなくいつの間にか見知らぬスタジオへとふらっと迷い込んでしまっていました。
「ふぁっ?!このスタジオは一体?いつも僕たちが撮影する歌のセットが組まれたスタジオとはだいぶ雰囲気が違いますね……」
目の前には木で作られたように見せたファンシーな小屋と、絵に描いたような可愛らしい木や雲等がセッティングされていました。
「――もしやここは、モグたんの人形劇が常日頃撮影されているスタジオでしょうか」
既に本日分の撮影は終了しているのでしょうか。撮影班のスタッフさんたちの忙しく動き回る様子は全く見受けられません。
偶然迷い込んでしまったとはいえ、これも何かの縁。後学の為にも不法侵入で訴えられない範囲で、少しだけこのセット内を見学していこうと思いました。
「へぇ、この家のセットはちゃんと後ろまで作られているんですねぇ。さすが天下の子ども番組ですね」
一つひとつ感嘆の声を上げながら見て回ると、セット裏のカメラには映らない場所で茶色の巨大なモフモフがパイプ椅子に腰掛けているのを僕は発見してしまいました。
モ、モグたんだ!!!
……あ、でも今日のモグたんは違う人が中に入っているんでしたっけ。
今朝の出来事を思い出した僕は、軽くモグたんへと会釈するとそのまま踵を返しました。
ですが――。
『おい、そこの』
……ん?
今、何か聞こえたような気がしたのですが。気のせいでしょうか。
振り向きもせず僕はそのまま歩き出しました。
『おい、そこのドンくせーヤツ』
……んん?
今、「ドンくせーヤツ」って聞こえたのですが。
何となく今の言葉は自分へと向けられた言葉ではないでしょうか。そう自覚してしまった僕は、華やかな歌のお兄さんに求められる素質とは真逆の人間なのだと改めて痛感してしまいました。
『おい、聞こえないのか』
「……」
……この聞き覚えのある美声と口調。
やはり昨日の、
「まさか、モグたん先輩?!」
今朝は別人が中へ入っていると認識してしまいましたが、どうやら中の人は昨日の人と同じだったようです。ゆっくりモグたんは立ち上がると僕の方へと向き直りました。
急いで僕はモグたんへ駆け寄ると昨日のお礼も込めて深々と頭を下げました。
「昨日は髪型への適切なアドバイスをありがとうございました。お陰様で新しい髪型は皆さんからとても好評でした。そこでモグたん先輩に一つお願いがあるのですが……どうしたら僕は“歌のお兄さん”のような爽やかで素敵な笑顔を浮かべながら歌い踊ることができるのでしょうか?!」
つい勢い余ってモグたんに顔がぶつかる距離まで詰め寄ってしまった僕は、丁度良いところで足を止められずそのまま頭突きをお見舞いしてしまったのでした。
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