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Ⅷ
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「おはようございます。今日はいよいよ文化祭ですね。みんなで…。」
朝、決まった時間にチャイムが鳴る。それは今日初めて聞いた音で今日最後に聞く音だ。
イベントがある日は朝礼を知らせるチャイムしか鳴らないのは、音がする事で楽しい時間が途中で遮られない為だ。一日の終わりまで張っている糸がプツンと切れないようにする生徒を思っての先生側の考慮だった。
なり終わると同時に始まった朝礼。蓮は教壇に立つ担任の話を聞く耳も傾けず、肘を付いて特定の場所を見る訳でもなく何も考えずに上の空だ。いつもの態度に先生は注意する事なく、その時間は終わる。
「鳴尾君!」
久しぶりに女子から声を掛けられて、周りを見れば周りの生徒達はいつの間にか忙しなくバタバタと行動を開始している。
蓮を呼ぶ女子生徒を見ると、同じクラスの一人だった。
「ぁ、…ん?何?」
突然名前を呼ばれて慣れない為、辿々しくなる。
相手もそれは同じらしく、なかなか言い出せない様子だったが蓮にある頼みをする。
「あぁ。良いけど…。」
「ホント!?ありがとう!じゃあ、これ、よろしくね!あとで待ってるから!」
断る事が基本無い蓮は、彼女からの頼み事をすんなりと引き受けた。それもクラスの為だとなると尚、受け入れるしかなかった。
手に渡された荷物を持って、人気の居ない男子トイレへ移動し個室に入ると袋の中身を取り出す。
「これ…合ってるのか?」
頼み事の内容は蓮のクラスで執事喫茶を担当する一人の男子生徒が昨夜から熱を出して休みになってしまい、代わりをして欲しいという事だった。特にクラス内で役割を任されていない上に病欠の彼と背丈が似ている蓮にしか頼めないと言われてOKした。
慣れないスリーピーススーツに白い手袋を嵌める姿の自分に鏡とにらめっこしながら、取り敢えず聞いてみるか。とトイレから出る。
クラスに戻ると入り口には大きく『執事喫茶』と書かれた看板が設置されていた。前々から準備されて いたのに、興味の無かった蓮は今初めて教室のその光景を目にして驚く。中に入れば何時も決まって並べられている机と椅子は喫茶店の様に並べ変えられて、周りをキョロキョロと見渡すと蓮と同じ格好のクラスメイトが何人か準備を手伝っていた。
「あ!鳴尾くん、着替えてくれたんだね。」
とても似合ってるねぇ!と嬉しそうに笑う彼女に、最終の確認をしてもらう。
「髪の毛、セットしてみていい?」
「あ、あぁ…。いいよ。」
髪をセットなんてした事の無い蓮は、少し緊張する。彼女に毛髪を触られながら思うのは、晴だった。
(こんなんされてるの見たら笑われるなぁ…。)
嫉妬とか怒りはしないと断言できるのは、長年の信頼を築いているから。見た事無い蓮の姿に、きっと晴はなにそれぇ!と言って、からかってくるだろう。
(会わないようにしないと。)
そうこうしている間に、時計の針は文化祭の開始時刻を指していた。
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