62 / 95

A:3-5

遊佐は何が楽しいのか口移しで飲ませることにこだわっていて、何度か俺に飲ませた後「俺にもちょうだい」とか言い出して同じことをやらされた。途中からそういうプレイなのかと思ったくらいだ。 ペットボトル一本分の水を二人で空けた後、いつもより長居していることに気づいた。腰の痛みと怠さは引く気配がないけど、かといってずっとここにいるわけにもいかない。 帰り支度をしようと床に落ちていたシャツを羽織る。案の定、鎖骨のキスマークは隠れてくれなかった。明後日から夏期講習もあるし制服の夏服はもとから首元が開いている。隠そうにも冬服のワイシャツと違ってそもそも第一ボタンがないからどう隠そうか……。絆創膏だと数が多いし、虫刺されにしてはちょっと無理があるよな。それまでに消えてくれることを祈るしかないか……。 突っ立ってシャツを掴んだまま考え込んでいると、また後ろから抱きしめられた。ベッドでは行為の延長線ぐらいに思っていたけど、情事の熱もすっかり引いたのにこんなことをしてくるなんて。 遊佐の思いがけない行動に固まる俺に反して、当の遊佐は名残惜しそうに首筋に頭を押し付けてきた。 「帰っちゃうの?」 「帰るけど……何?」 「…………そっか」 何だ、この反応……。 他のセフレに対してもコトが済んだらさっさと帰らせるらしいのに、今日はそういう雰囲気を出されるどころか逆にまだいてほしいって感じだ。 こうやって優しくされてみて、遊佐の中で確実に何かが変わっているのが俺にも分かった。その何かがセフレに対してのルールや基準なのか、それとももっと大きな軸となる部分なのかははっきりしないけど……。 抱きしめられて名残惜しそうな声で話されたら、俺を呼び出してセックスするのはただの気まぐれじゃなかったのかな、と少しばかり期待してしまう。 いつものように期待するだけ無駄だと自分に言い聞かせて、服を着終えて部屋を出る。ドアを少しだけ開けて廊下に誰も居ないことを確認して、遊佐を背中に張り付けたまま玄関まで下りてきた。 そういえば彼方はいつ二階に上がってきたんだろう。数時間前にここに来たときはリビングにいたみたいだし、玄関に置いてある靴は来たときのままだから出かけてもいないみたいだ。ヤってる最中に隣の部屋で勉強でもしてたなら、それこそいたたまれない。きっと俺がここにいることバレてる、よな……。 今夜も泊まりに来る約束をしているけど、まともに顔を見れる気がしない。 この後彼方と顔を合わせることを考えたら一気に憂鬱になった。そんな俺の気持ちなんて露知らず、遊佐は甘い声で語りかけるように耳元で囁いてくる。 「ねえ、明日も今日と同じ時間に、今度は家に来て」 「は?」 「……どうせ家でするんだし、待ち合わせるのも無駄じゃない?」 「…………分かった」 ぎゅっと力を込めて抱きしめられた。今まで直接家に呼ばれるなんてあり得なかった。……暑いから家から出るのが面倒くさいだけなんじゃないかと思ったけど、さっきまでの言動からしてそれはないか。いつも会うときは必ずどこかしらで待ち合わせをしていたのに、ここまで遊佐らしくないと却って本当にどうかしちゃったんじゃないかと気になってくる。 「お前、まじ大丈夫?変なものでも食った?熱はない?」 「……いや、俺はいたって普通だけど?」 遊佐は俺の体を抱きしめる腕はそのままに、顔を上げて心外だと言わんばかりに眉を顰めた。 遊佐の様々な感情を見てきたけどそのほとんどはプラスのものだったから、こんな風に不快感を表に出した表情は初めて見た。 今までだったら軽く流してたような俺の言葉にいちいち反応するのも、全部が遊佐っぽくなくて心配になる。 「本当に?今日のお前、遊佐らしくないぞ。調子が狂う」 何度も聞くのはウザいかなと思わないでもないけど、でも心配になるほど遊佐らしくない言動をとるのが悪い。背中から引き剥がして顔を覗いて見たら、ふいっと逸らされてしまった。 またもや謎の反応をされて、心配を通り越していよいよ焦ってきた。 いつもなら余裕な顔で見返してくるのに、どうしてそんな困ったような表情なんだ。俺が気付かないうちに、実は遊佐に何かしてしまったんじゃないか? 俺の知ってる遊佐は自分勝手で自由でわがままで、セフレになんか執着しなくて、自分の都合で人を呼び出す強引なやつだったはずだ。 それなのに独占欲まがいのものを見せられたり、名残惜しそうに抱きしめられたりしたら、びっくりするし心配になるし……割り切ってきたのに少し勘違いしそうになってしまう。 まさか遊佐、俺のこと……。 ……いやいやいや、何考えてるんだ。絶対にあり得ないだろ! じわりと湧いた妄想を必死に打ち消す。 本人が普通だと言うならきっと気のせいだ。俺が今まで知らなかっただけで、これも遊佐の一面なんだろう。 「……じゃあ、また明日」 「……うん、また明日。待ってるから」 違和感に内心では首を傾げつつも、そう無理矢理納得して遊佐家を後にした。

ともだちにシェアしよう!