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「また明日」と言って出ていった夏希を見送って、ひとり部屋に戻ってきた。誰かを帰すのが名残惜しいと思う日が来るなんて初めてで、自分の中に知らない自分がいるみたいな感覚に襲われてしばらく何も考えられずにいた。
「俺はあいつをどうしたいんだ……」
ベッドに仰向けになって天井を眺めていたら、だんだん冷静になってきて今日の行動を振り返る。自分の行動の基準にしていたルールやポリシーに夏希という例外ができてしまったからか、頭の中がぐちゃぐちゃして何をどうしたいのかが分からない。
俺にとって夏希は特別な存在とまではいかないけどお気に入りだ。自分の中での立ち位置が他のセフレとは明らかに違うのも自覚してる。
誰にも渡したくないと思っているのも認める。でも、セフレじゃなくて恋人として付き合いたいとかそういう感情があるかと言えば……違う気がする。手離したくないけど、セフレ以外の何かにしたいわけじゃない。だからセフレの枠に収めてる限りは、いつか誰かに取られるんじゃないかという不安もある。
あくまでお気に入りのセフレという枠組みから出ないから、夏希が俺から離れていかないような努力はするけど、俺の中身も好きになってもらえるような努力はきっとしない。
そもそも俺とあいつの関係って何なのだろう。当たり前だけど家族じゃない。セックスはするけど、裏を返せばセックスしかしないから、友達とも違うし恋人でもない。ただの知り合いにしてはある意味知りすぎてるし、……そう考えてみるとやっぱりセフレという言葉が一番しっくりくる。自分の中の簡単な対人関係に夏希を分類すれば、結局そこに収まってしまうくらいの希薄な関係だ。でも他のセフレと違って簡単には切ろうとは思えないから、その中でもお気に入りなんだと思う。
どうして夏希は他のセフレと違うんだろう。
多少は性別も関係あるだろうけど、『楽しめればそれでいい』をセフレに求めている俺にとっては、そんなものは取るに足りないことのはずだ。
別に急に夏希がお気に入りになったわけじゃない。それこそ遅延性の毒に侵されていくみたいに、何ヵ月もかけてじわじわと、気付いたらハマっていた。関係を持ち始めた頃は他と同じように興味本位で相手をしていたのに、いつからかそれだけじゃなくなってしまった。
その理由が『相手が夏希だったから』なのか、それとも昨日考えたように『都合のいい男のセフレだったから』なのかは未だにはっきりしない。ここまで散々悩んでおいて後者だったらさすがに情けないから願わくば前者がいいけど、今の俺にはその判断すらできなかった。
仮にここまで執着する理由が、『相手が夏希だったから』だとして。
呼び出しに応じてくれたり俺だけって言われたりすると嬉しいし、逆に俺の知らない誰かにたとえいたずらでもキスマを付けられたり、俺といるときに俺以外のことを考えたりされるのは嫌だ。……これってどう考えても独占欲だろう。
執着や独占欲とは無縁だったのに、夏希が関わると自分が自分じゃないみたいで気持ちが悪い。こんなことで悩んでる自分に慣れていないから、どんな気持ちでいたらいいのかさえ分からない。
真面目な恋愛をしてこなかったせいで何が正解なのか分からないし、分からないことだらけでイライラする。解決策が見えない、まるで終わりの見えないトンネルみたいだ。
そして夏希のことを考えるとなぜかカナの顔まで浮かんできてしまって、ただの勝手な妄想なのに二人に繋がりがあるんじゃないかと思えてならなかった。夏希には否定されたけどこういう双子の勘みたいなのって結構当たるから、今回もそうなんじゃないかと更に気が重くなる。
「ああもう!全部カナの様子がおかしいせいだ……」
泊まりがけで勉強会をしたり気になる子がいるような素振りを見せたり、今までのカナからは考えられない言動が続いてるから、変に夏希と結びつけてしまうんだ。お互いの影響を受けるなんて俺たち双子にはよくあることだし、またカナに引きずられて俺までおかしくなってるだけだ。うん、きっとそうに違いない。
自分で解決策を見つけるにはかなり時間がかかりそうだから、カナがいつも通りに戻らないときっと俺も悩みっぱなしだ。
……それで、いつも通りには、いつなるんだろうか。
いや、何をバカなことを考えているんだ。
カナがいつも通りに戻ったとしても、夏希と関係を続けているうちはこの悩みが尽きることはないだろう。結局自分でどうにかするしかない。
ああでもないこうでもないと考えてきっとそうなんだと結論付けて、いや違うだろうとまた振り出しに戻る。
ずっとその場のノリで生きてきたから今まで考えてこなかったツケが回ってきたのかな……。こんなに真剣に悩んだことなんてなかったから頭がパンクしそうだった。
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