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これ以上考えても同じことの繰り返しだろうと思って、一旦思考をリセットするためにシャワーを浴びた。頭から冷たいシャワーに打たれてただぼーっとするだけの時間。考えが纏まったわけでも解決策が見つかったわけでもないけど、体がさっぱりしたからか気分も晴れてきた。 そうしたら急に腹が減った気がしてきて、髪を乾かすのもそこそこにキッチンで冷蔵庫を漁る。カナが家にいるから自分の昼ごはんを作ったはずで残り物を期待していたけど、残念なことに冷蔵庫の中には残り物どころか食材一つ入っていなかった。カナが全部使ってしまったらしい。普段なら食べないかお菓子で済ませるけど、激しめの運動もしたし午後からは家庭教師が来て勉強しなければいけないし、ガッツリ食べないと体力が持ちそうになかったから、いつものコンビニへ買いに行くことにした。 部屋からスマホと財布を取ってきて、意を決して玄関のドアを開ける。アスファルトが溶けそうなくらいの真夏日で、しかも太陽が一番高いところにある時間に外出するなんて暑さで頭がおかしくなりそうだ。なんでこういう日に限ってパンもカップ麺も切らしているんだか……。せっかくシャワーを浴びたのにこれじゃあ確実に汗だくになる。最悪だ。 湿度が高いせいで一段と暑く感じる。この暑さの中、夏希を帰したなんて申し訳ない……と柄にもなく罪悪感に駆られながら、なるべく街路樹の影に入って早足で歩いた。 目的地のコンビニで適当に、帰ってすぐ食べる用のパスタ、ストックしておく用のカップ麺を数個、そして大きいペットボトルの炭酸飲料を買った。さっさと用を済ませて店の外に出ると、クーラーで冷やされた体が外の湿気を孕んだ空気に触れてすごく不快だった。 早く家に帰りたい一心で行きと同じように足早に帰宅する。玄関のドアを荒く閉めてしまったけど幸いなことにカナには気づかれなかったようだ。 それが当たり前になってることに軽く感動を覚えたくらい家の中は外の何倍も快適で、シャワーを浴び直そうかとも思ったけど、空腹を優先して買ってきたパスタを電子レンジで温める。その間にカップ麺をパントリーに入れようして、初めて全部同じ味だったことに気づいた。真っ先に目についたものをぱぱっとカゴに入れたから……ほんと、頭を使わないでいるとロクな事がない。まあ、カップ麺を食べるときなんてきっと今日みたいな緊急時くらいだし、ストックしておけば父さんが食べてくれるだろうから別にいいか。 テレビを点けたらやっていたバラエティ番組を観ながらパスタを食べる。食べ終えた頃には汗もすっかり引いていたからそのまま部屋に戻ることにした。家庭教師が来たら地獄の時間が始まるから、それまでゆっくりしよう。 唯一作り置きしてあった麦茶をグラスに注いで、それを片手にスマホゲームをしながら階段を上がる。両手が塞がっていたから横着して肘でドアを開けて、一瞬、入る部屋を間違えたかと思った。 「ふふ、お帰りなさ~い」 「…………まじか」 目の前の存在が発した声に反応するように、すぐさま時計を確認する。まだ家庭教師が来るにはだいぶ早い時間だった。 なんで勝手に、っていうかいつ入ってきたんだ。玄関に靴なんてなかったよな?……いや、スマホいじりながら帰ってきたから見てなかっただけか。 「遥果くーん?おーい、どうしたのー?」 「うるさ……。なんでいんの?」 「ああ、ちょっと早く着いちゃったんだけど、彼方くんが『遥果なら出かけてるけど、外は暑いだろうから中にどうぞ』って入れてくれたの」 「ちょっと早く着いたどころじゃないでしょ。まだ一時間もあるのに……」 そうだとしても何の連絡もなしに、勝手に人の部屋に入れることはないだろう。連絡があったとしてもこの人を入れるのは嫌だけど。せめて客間とかリビングで待たせるとか他に色々あったはずだ。配慮が出来すぎるカナが今日に限ってそこまで気が回らなかったなんて無いだろうから、きっと意図してやったに違いない。今までの仕返しのつもりなんだろうか。そうだとしたら、さすがに俺のことをよく分かってるというか何というか……。 別に今日は逃げるつもりなんてなかったのに。念には念を、ってわけか。カナはどうしても俺を逃がしたくないらしい。 一時間も早く始まった地獄に、もう既にメンタルが削れていく音がした。

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