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A:2-3
今日はちゃんと自分の足で家に上がった彼方は、出迎えたルルを抱いて俺の隣に並んだ。部屋に行く前にキッチンに寄って冷たい麦茶を二人分用意して、話をしながら二階の部屋まで移動した。
そういえば昨日、二人分の荷物を持っていたけどあれはたしか遊佐のものだったな。通りがかりの俺が遊佐だと思ったのも鞄が同じだったからだ。それに比べて今日は身軽で、肩から提げてるトートバッグにはルルによく似た猫のイラストがプリントされていた。
「ふふ、このバッグ、ルルちゃんに似てるでしょ」
「俺もそう思った。彼方は犬派?猫派?」
「猫派かな。中学の頃、部屋でこっそり飼ってたんだけどバレちゃって……。今はお祖母ちゃんの家にいるんだけどね」
「あはは、こっそりって!彼方もやるなぁ」
ちなみに俺ん家はみんな猫好きだから、ルルの前にも何匹か飼ってたことがある。ルルを拾ってきた時も姉貴たちは歓迎してくれたっけ。
「でしょ?ハルが動物あんまり好きじゃなくてね」
「へぇ、意外」
「こんなに可愛いのにねぇ。……それで、今日はどの教科から始めようか?あ、その前に科目の得意なとこと苦手なとこ教えてくれる?」
言われた通り教科ごとの得意不得意を伝えていって彼方がそれを紙に書き出していく。それが終わってから通学用の鞄から普通科の夏休みの課題が印刷されたプリントを引っ張り出してきて、一人では難しそうなページや解説がほしいところをマークしていく。
「ざっとこんなもんかな。よろしくお願いします」
「はい、ありがとう。なるほどね、やっぱり数学が苦手箇所多いみたいだね。数学から始める感じでいい?」
「ん、わかった。一番苦手だし気合い入れてやらねえとな……」
「一緒に頑張ろうね」
参考書やワークを持ってきてテーブルの角を挟んで座る。向かい合って座るより距離が近くて緊張するけど、こっちの方が教えやすいという彼方の希望でこうなった。
ルルはそのまま彼方の脚の上に居座っている。彼方はルルの顎の下を掻いたり背中を撫でたり、文字通り猫可愛がりしていてルルもすっかり懐いて気持ちよさそうだった。
「時間はたっぷりあるし、ちょっとずつ進めていこう。まずは方程式のとこからね」
「おう」
さっそくワークに取りかかる。まずは自力で解いてみて、分からないところはヒントを出してもらったり解き方を教えてもらうというやり方で進めていった。頭が良いやつは教えるのも上手いらしく、正直学校の先生が教えるよりも分かりやすかった。
今日のノルマを達成する頃には、時計は既に五時を回っていた。彼方は俺が理解してない所をちゃんと把握してくれて、教え方もすごく上手くて、始めて一時間くらい経ったときには応用問題も解けるようになっていた。ちゃんと集中してやり方を覚えれば俺でも解けるんだ、って自信がついた。
彼方が作ってきてくれたノルマ表に日付を書き込んでシャーペンを置く。三時間ぶっ通しでやったからさすがに疲れた。それは彼方も同じらしく、ぐーっと伸びをしていた。ちなみにルルは途中で彼方の脚から下ろされてベッドの上で丸くなっていた。
脱力して机に突っ伏すと彼方が隣に移動してきて俺の髪を弄り始めた。たまに優しく撫でられるのが気持ちいい……。つい眠ってしまいそうになる。あくびを噛み殺して彼方を見上げると、俺の視線に気づいてにこっと笑いかけられた。
「彼方って教え方が上手いよな。教師とか向いてるんじゃない?」
「ふふふ、夏希の飲みこみが良いからだよ。でも教師よりは……医者になりたいかな。そのために理系を選んだからね」
「医者!?すげぇ……。どっちにしろ先生だな」
「先生かぁ……あっ!」
いきなり声を上げた彼方に、俺も寝ていたルルもびくっとした。当の彼方はテーブルに頬杖をついて、にこにこしながら俺をじっと見下ろしてくる。
「な、何?」
「ねぇねぇ、俺のこと『先生』って呼んでみて?」
「はぁ?なんで?」
「いいからいいから!『彼方先生』って呼んでみて!」
なんでこんなに食いついてくるのか……。
まあ……別に減るもんでもないし、こんなので喜んでくれるならやってもいいか。
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