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彼方が期待のこもった眼差しを向けてくる。そんなに楽しみなんだろうか。たった一言言うだけなのに期待されるとなんだか緊張してきて、顔を見て言うのは恥ずかしかったから視線を逸らして口を開く。 「…………、……『彼方先生』」 「もう一回」 「……『彼方先生』」 「……もっと言って」 「か、『彼方先生』」 「……………………」 「………………、何か言えよ!恥ずかしいだろ!」 「あ、うん……なんか……やば……」 頼んでおいてその反応は何だと彼方を見れば、口元に手を当てて顔を赤くしていた。予想外の反応に驚いていると、彼方は「見ないで……」と小さく呟き、空いている方の手で俺の視界を覆ってきた。 こ、この反応はもしかして……。 「え、なに……照れてんの?彼方先生?」 「違っ……」 「ねえ、彼方先生、どうしたの?」 手を退かして顔を覗き込むと、彼方は顔を真っ赤にして睨んできた。呼べって言ってきたのは彼方なんだけどな……。単に恥ずかしいだけなんだろうけど、照れて余裕の無さそうな彼方はなかなか興味深かった。 そうだ、キスしてきたり口説き文句みたいなことを言ってきたり、昨日は散々からかわれたからちょっと仕返しでもしてやろう。 「彼方先生、今日はありがとな。先生の教え方、すっごい分かりやすかったよ」 「それはよかった!あと、それ、もう言わなくていいから……破壊力が……」 「でも、『彼方先生』って呼ばれるの嬉しそうだし?勉強教えてくれたお礼にいっぱい呼んでやるよ」 「いや、嬉しいけど……もう十分だから!これ以上言われたら本当にやばいから、やめて……」 耳まで赤くして困ったように懇願してくる。何がやばいのかは知らないけど、照れるほど嬉しいなら嫌ではないんだろう。こんなに効力のある言葉だったとは。 「ね、彼方先生?次はいつ空いてる?また勉強会やりたいな」 「……ああもうっ!……八重くーん?そんな風に先生をからかってると、お仕置きしますよ?」 「……っ!」 ぐいっと片手で顎を掴まれて、にやっと意地悪く笑った彼方がそのまま顔を近づけてきた。急に態度が変わったことに驚いていると、ちゅ、と唇が重なった。 まさかの事態に思考が固まる。 え、なに?どういうこと? 舌が唇を割って入ってきてキスに意識が向く。形勢逆転ってか。せっかく上手くやり返せてたと思ったのに悔しい。彼方が得意気に見つめてくるから変な対抗心が芽生えて、お互い目を合わせたままキスは深くなっていく。 彼方の舌が上顎を撫でてきたところで堪えられなくなって目を閉じた。 「っん、ふ……はっ、んん……」 「……ん、…………夏希……」 「はっ……ぁ、かなっ……ん…………」 どれくらいそうしていただろう。だんだんと苦しくなってきて、彼方のシャツの胸元を掴むとやっと離してくれた。大きく深呼吸して酸素を取り入れる。酸欠でぼやっとした頭がだんだんとはっきりしてきて、彼方と何をしていたか改めて認識したら一気に顔が熱くなった。 「……な、なん……」 「ふふっ、お仕置き完了~」 最後にちゅっと鼻頭にキスをされて微笑まれた。さっきまでの照れはどこへ行ったのか、彼方はめちゃくちゃ嬉しそうだ。ぎゅうぎゅう俺を抱きしめてくる。 「わっ、ちょっと……、ひぁっ……」 「『ひぁっ……』だって!も~、可愛いなぁ」 な、何なんだのこの甘ったるい空気は……!甘党な俺でも砂糖を吐きそうになるくらいピンクなんだけど……。これじゃまるで……付き合ってるみたい―― 「…………っ……俺っ、夕飯の準備してくる!!彼方も食べてくだろ!」 「うん。あ、俺も何か手伝――」 「お前は部屋にいて!」 何事もなかったかのように手伝いを申し出る彼方の言葉を遮って、いたたまれなくなった俺は逃げるように部屋を出た。

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