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彼方とのキスで速くなった鼓動を、深呼吸をして落ち着けてからキッチンに入る。冷蔵庫の中から夕飯の材料を取り出し、カウンターに並べ終わる頃にはドキドキも落ち着いていた。 「…………はぁ……」 ……つ、付き合ってるみたいだとか……。どんだけ乙女思考なんだよ……。いくら優しい彼方でも、さすがに俺にそういう目で見られてたら不愉快だろう。ドキドキしてしまったなんて絶対に気づかれてはいけない。ときめくのは百歩譲って仕方ないとしても、恋愛対象には見ないように気を付けないと。……俺には、あいつ――遊佐みたいに、大勢いるセフレの中の一人だって割りきってるようなやつがちょうどいいんだから。 でも面食いの俺からしたら、あの顔は超好みなんだよなぁ……。遊佐と関係を持ち始めて見慣れてきたとはいえ、すぐ近くにいることにはまだ慣れない。顔はもちろん声も性格も良いし、おまけに彼方は頭脳明晰ときた。今までで一番の、好物件……って、いやいや、双子に手を出すとかありえないでしょ。付き合いたいとかは思ってないし、修羅場になったら大変だし。……そもそも修羅場ってなんだろう。修羅場といえば浮気のイメージだけど、俺たちは浮気どころか始まってもないのに。男三人でどう修羅場になるというのか。せいぜい遊佐には関係を切られ、彼方には引かれて距離を置かれるくらいだ。自分の身の丈に合わないことをしなければ大丈夫なはずだ。 なんて、……ただあれこれ期待して傷つきたくないだけだ。 「……救えないなぁ」 「何が救えないの?」 「ひっ!?」 いきなり声をかけられて、取り出そうとしていた包丁を危うく落としそうになる。いつのまにか廊下に繋がるドアに彼方が寄りかかっていた。せっかく落ち着いた心臓がまたバクバクと大きな音を立てる。ほんとに、なんでこいつの行動は心臓に悪いことばっかりなんだろう……。 彼方は「ごめんね?」と軽く謝りながらキッチンに入ってきた。つーか、足音しないとか猫かよ。 「お前、部屋にいろって言っただろ!」 「だってすぐ下に夏希がいるのに、部屋に一人とか寂しいじゃん……俺、死んじゃう」 「……お前はウサギか何かか……」 「俺も手伝うから一緒に作ろう?ね?」 客だから手伝わせるわけにはいかないと思ってたけど、この様子じゃこっちが折れるしかないみたいだ。 「じゃあ、素麺茹でてくれる?そこの箱に入ってるから」 「了解~。ふふふ、二人でキッチンに立つのって、新婚さんみたいだねぇ」 「はあ?また言ってんのかよ……」 「夏希、素麺どれにする?三色のやつ?」 「ああ、それでいい」 付け合わせの野菜を切りながら答える。 ……新婚さんねぇ。まあ、俺には到底知り得ない世界だ。 「さすがに小さくもない男二人だとちょっと窮屈だね。夏希、大丈夫?」 「別に、大丈夫」 「でも、そのおかげでくっついていられるね」 「お前なぁ……」 だからどうして意識させるようなことを言うのか。こっちは頑張って意識しないようにしてるのに、向こうからこうも次々と仕掛けられると……。 「夏希、麺の固さってこれくらい?」 「え、あ……ん」 彼方の問いに答えようと開いた口に麺を一本入れられた。オッケーを出すと彼方は機嫌が良さそうに、手際よく盛り付ける準備を始める。ほんとに手慣れてるよなぁ、なんて感心していると、彼方は冷蔵庫の脇に置いてあった段ボールの中の野菜に興味を引かれたみたいだった。 「夏希、この野菜たちは?」 「ああ、それ?親戚のおばさんが自分の畑で作ってるのを送ってくれるんだよ」 「ゴーヤだけめちゃくちゃ入ってるね?」 「トマトとか他の野菜は使うけど……俺、苦いのあんまり得意じゃないから。まあ、食べたことないからどれくらい苦いのか知らないけど」 どんな恨みがあるんだってくらい兄貴がゴーヤ嫌いだから、小さい頃から遠ざけられてきた。ちなみに、この間も兄貴から『ゴーヤ食べるなよ』ってわざわざ電話がかかってきた。 アレルギーじゃないから食べても平気だけど、兄貴がそこまで言うなら、と食べたこともなければ料理に使うこともなく、かといって他に用途を見つけられなかったから近所に配ったりしてた。でも今年は豊作らしくて配り終えたと思ったらまた送られてきて、このまま捨てるのも申し訳ないしどうしようか悩んでたところだ。 「食わず嫌いなの?だったら試してみよう!冷蔵庫の中身、使ってもいい?」 「いいけど……え、今日?今夜?」 「ささっと作っちゃうから、ちょっと待っててね」 「わ、分かった」 「ふふ、初体験が俺だなんて嬉しいなぁ」 「ゴーヤ初体験が、だろ」 すでに出来上がってる素麺をテーブルに配膳し、いつの間にかリビングにいたルルのご飯も用意してから先に席について彼方を待つ。カウンターの向こうに見える彼方は楽しそうに料理をしていた。

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