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目を覚まして真っ先に違和感を覚えて、周りを確認して驚いた。見覚えのない部屋、知らないベッドに寝かされていて、どうしてこんな所にいるのか曖昧な記憶を辿ってみてやっと思い出す。うっすら存在する記憶が確かなら、家に連れてこられて、たぶんここは彼の部屋だろう。
ちゃんと眠れたからか体調も良くなっていて、頭もすっきりしていた。起き上がると額に貼ってあったらしい冷却シートが落ちた。ベッドの隣にあるテーブルにはタオルや水の入ったペットボトルが置いてある。もしかしなくても、看病してくれてたのかな。
部屋の中に夏希くんの姿はない。彼が戻ってくるまでここにいた方がいいと思うけど、起きたなら伝えた方がいい気もする。看病してくれたみたいだしお礼も言いたい。どうするべきか考えていると、部屋の外から足音と鈴の音が聞こえてきた。夏希くんかな?
ベッドから下りてドアのとこまで行って開けると、俺の胸に夏希くんが飛び込んできた。ちょうど彼も開けようとしていたところだったらしくて、バランスを崩した彼を受けとめる。まさか俺が起きているとは思っていなかったのだろう。夏希くんは驚いた顔をして、そして怪訝そうな顔をして俺から離れた。
少しの間俺の顔をじっと見つめて「……誰?」なんて首を傾げる。聞き返した俺に「俺の知ってる遊佐じゃない。あんた、誰?」と眉を顰めて言った。やっとハルじゃないと理解したみたいで、でもハルにそっくりの男に混乱しているようだった。
彼の中で遊佐が一人しかいないのが、なぜか悔しかった。
「俺は、遥果の双子の弟の遊佐彼方。よろしくね、八重夏希くん」
「遊佐の弟……」
そこまで聞いてやっと俺を俺だと認識してくれたらしい。また俺をじっと見つめてきた。彼の中のハルと比べてるんだろうか。ずっと見つめられていたから彼の目を見つめ返したら、少し間が空いて大きな目がさらに大きく見開かれた。
「って、なんで俺の名前知ってんの?」
今ごろになって自分の存在を知られていたと気づいたらしい。ある日を境にハルの口から彼の名前を聞くことが多くなったから名前は自然と覚えた。顔は、まあ……彼が部屋で眠っていたときにこっそり見た。ハルが男友達を部屋にあげるなんて珍しいと思ったから覚えていたんだ。
よくよく考えてみればその時の状況とハルの行動からして、『友達』じゃなくて『恋人』の方が正解かもしれないな。そういえば『あいつは最高。顔も良いし、反応も良いし、相性も良い』って言っていた。その時は性格的な面の相性だと思ってよっぽど仲の良い友達なんだなくらいにしか捉えてなかったけど、まさかそっちの『相性』だったとは……。あのハルを虜にしてしまうって相当だ。見た目からはそんな印象は受けないけど、そんなにすごいのかな?
ハルの場合『セフレ』って可能性も高いけど今までセフレの話なんてハルから聞いたことなかったし、あれだけ楽しそうに話すんだからきっと恋人に違いない。ハルのことだから別に付き合ってる相手が男だとしても、そんなに驚きはしないというかむしろ納得だ。だってハルは『満足できればそれでいい』のだから。それを恋人にまで適用してしまうのがハルらしいというか、なんというか。
ハルと相性がいいんだね、って言ったら、夏希くんは『相性』の意味がよく分かってなかったみたいで首を傾げた。案外エッチなことに疎いのかも。だとしたらなおさらハルが入れ込むわけだ。あいつは自分の色に染めるのが大好きだからなぁ。
すーっと彼の体に指を滑らせたら、案の定びくついた。怯えた目をして体を強ばらせ、俺が尻を揉むと不愉快そうに眉を顰めた。お手本のような反応に笑いそうになる。
「……な、何すんだよ!?」
「ねぇ、ハルと相性がいいなら、俺とも相性いいんじゃない?試してみようよ?」
「はあ?やめろルルがいる前で。触んなっ!殴るぞ!」
キッと睨み付けられて、あまりの可愛さに思わず頬が緩む。『ルル』って、俺の足に体を擦り付けてるこの三毛猫ちゃんのことかな?それにしても、猫が見てるから止めろって……。
「…………っく、ふふふっ!あははっ!」
なんかもう、可愛さとか愛おしさみたいなのが溢れて、堪えきれずに声を出して笑ってしまった。彼が余計に怯えた視線を寄越してきたから、大丈夫だよって意味を込めて優しく尻を撫でる。
「ははっ、その反応可愛いね。安心してよ、俺はハルみたいなことしないから」
「……それなら今すぐこの手を退かせ!今度こそ殴るぞ!」
「はいはい、そんなに可愛く怒らないの。……ハルがなっちゃんのこと気に入ってる理由、分かったかも」
意味深っぽく言ってみる。誰だって自分が好意を寄せてる相手に、自分がどう思われているのか気になるもんね。
ハルがあれほど彼に入れ込んでるんだから、彼だって相当好きなはず。セフレも恋人も関係なくハルのことが好きな人はみんな、ハル以外のことは眼中にないんじゃないかってくらいハルのことを知りたがった。それくらいハルに傾倒する人が多い。アイドルとその熱狂的なファンみたいに。
ハルに一番近い人間から教えられる『ハルから見た自分のこと』、ましてや『自分が気に入られている理由』というプラスの内容になれば、なおさら聞きたくなるだろう。
「は?『なっちゃん』?」
…………ん?
予想していたのとは違う答えが返ってきて彼を見る。夏希くんはとても不服そうな顔をしていた。あれ、そっちの方が気になるんだ?
ほんと、可愛いなぁ。ハルの言っていたことがなんとなく理解できた。
本当に彼は『最高』だ。
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