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お互いの呼び方でひと悶着あって、ますます彼のことを気に入った。呼び捨てで呼びあえるって、一気に距離が近づいた感じがする。彼の声で『彼方』って呼ばれるのはとても心地良い。……彼はハルによく似た俺の声で、なかなか呼ばれたことがない自分の名前を呼ばれるのが嬉しかったみたいだけど。
なんか、妬けちゃうなぁ。
でも彼は俺がハルじゃないと分かっても、体調を心配してくれた。
「なんであんなにぐったりしてたんだよ?それなのに学校にも来てたんだろ?家で休んでたら良かったのに」
正論を言われて思わず目を逸らす。なんて説明しようか……。
特進科の場合、欠席や遅刻が進路選択に直接関わってしまうから休めなかった、というのもあるし、何より家にいてあの家庭教師に構われるのが一番嫌だった。あれに構われるくらいなら、這ってでも学校に行った方がマシだ。
それに、俺が無理矢理連れて帰らなければハルはきっと夜まで帰ってこない。今日ハルに授業を受けさせなかったら、今度あの女に会ったときに俺が何されるか……考えただけで寒気がする。以前は俺と同じようにハルの家庭教師も男性だったんだけど、『部屋に男と二人きりで授業とかつまんないからヤダ』とか言って全然受けないかららわざわざ女性にしたのに。美人だしグラマーで、ハルも気に入ると思ったのに何がいけないんだろうか。……あの性格以外ないか。
「準備室で聞いてたでしょ?ハルが家庭教師から逃げるから俺が代わりに出てた、って。それのストレスと、あとは普通に風邪気味で、勉強による睡眠不足と疲労、かな」
思い当たった原因をざっと話すと、夏希は驚いた顔をして固まった。表情豊かな子だな、なんて考えていると彼は口をわなわなとさせ怒り始めた。
「あそこに俺がいたの気づいてたのか!?」
「……隠れてたつもりなんだろうけど……、夏希の後ろにあった姿見で、俺のところから丸見えだったよ?」
「っ!!最悪だ……!」
夏希はかぁああっと頬を赤く染めて、握りしめた拳で俺の胸を叩いてきた。ほんと夏希には悪いけど、表情がころころ変わって見ていて飽きない。
恥ずかしすぎて死ぬ、とかか細い声で言っている。
「あはは、ごめんって!痛いよ!」
「もうお前、今日は帰れ!」
余計に機嫌を損ねてしまったみたいだ。涙目になって何度も俺を叩いてくる。そんな夏希も可愛いと思うなんて、この数時間で俺は随分おかしくなってしまったらしい。ハルのことからかえなくなっちゃうなぁ。
恥ずかしさがピークに達した彼は涙目になっていて、攻撃が蹴りに変わった。的確に痛いところを狙ってくる。
「わっ、ちょっと夏希!落ち着いてって!今日のは別に良くない!?服着てたし!」
「それ、どういうことだよ!?…………ま、さか……」
俺より少し下にある彼の顔は、血の気が引いて白くなっていた。この前あったことは夏希が知らないことだから話すつもりはなかったけど、ついうっかり口を滑らせてしまった……。
夏希の視線に耐えられなくなってそのまさかだと伝えると、また顔が真っ赤になって今度は泣き出してしまった。宥めながらもその綺麗な涙に見惚れていると、彼が右手を振り上げた。それが胸に振り下ろされる前に掴んで指を解く。すべすべした手を撫でて指を絡めると、彼の意識がそっちに向いた。ぽかんと呆けた表情も堪らなく可愛くて、自然と彼に吸い寄せられるように唇を重ねた。
「……あ、落ち着いた。っていうか、固まった」
「なっ、おま、い、…………」
重ねただけですぐに離れると、彼は何が起こったのか理解できていないようで金魚のように口をぱくぱくさせていた。驚きすぎて言葉も出ないらしい。ハルのお手付きとは思えないほど本当にウブだ。
「おーい?夏希?聞こえてる?」
「にゃぁん」
夏希の代わりに足下でルルちゃんが返事をした。またルルちゃんの前でこんなことするな、って怒られるかな?
「おおおお前、い、きなりなにしてくれてんだっ!!ふざけんなよっ!」
案の定怒り出した彼は再び俺のことを叩き始めた。普通に痛いけど、怒ってる夏希も可愛い。
彼のご機嫌取りとあのハルから彼を奪うのって、どっちが難しいだろうか。……まあ、考えるまでもなく後者だろうな……。略奪ってあまり好きじゃないけど、でもハルから奪う相手が彼なら略奪愛っていうのも悪くないかも。
この日、俺は久しぶりに恋をした。
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