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――ピリリリリリッ 突然、機械音が聞こえて二人とも固まる。音の出所はこいつのスラックスのポケットだった。 「こんなときに……」なんて呟きながら、着信音を響かせているスマホを取り出した。だけどすぐに電話に出ようとはしないで、俺と手の中にあるスマホを交互に見て困ったような表情をした。 「……なんだよ、出ろよ」 「そう?じゃあ、お言葉に甘えて」 そう言って、いとも簡単に俺から離れる。……まさか、出るなって言ったら出ないつもりだったのか? あいつの考えていることが分からなくてモヤモヤする。いつも自分勝手に振る舞って、俺を乱してくる。通話を始めたのを確認したらなんだか少しほっとした。 いつものように場の雰囲気に流されてしまったけど、冷静になって考えてみればこんなところで……俺は……。 あまり人が来ない場所だからといっても、まだ校内には生徒も教師も残ってる。いつ、誰が通りがかるかも分からないのに、いくらなんでもないだろう。途端に居心地が悪くなって肌蹴ていたワイシャツを直した。早く帰りたかったけど、部屋の出入口まで行くにはあいつの前を通らないといけない。そう考えたら気が進まなかった。大人しく三角座りをして奴の用事が終わるのを待つ。 電話の相手は相当怒っているらしく、少し離れたところにいる俺にまで怒鳴り声が聞こえてきた。どうやらあいつはデートの約束をすっぽかして、こんな埃っぽいとこで男とヤろうとしていたらしい。奴の口から出た女の名前に、興奮していたモノもすっかり萎えた。 「――弟が風邪引いちゃって……面倒見てあげないといけなくて……。本当にごめんね、また埋め合わせするから――」 相手を宥める言葉が本当に申し訳なさそうに聞こえたから、こいつが反省してるなんて珍しいなと感心して表情を窺うと、怖いくらい真顔だった。何を食べたらそんな風に感情を切り離した言動ができるようになるんだ……。心の中では『めんどくさいなぁ』としか思ってないんだろうな。 校内で見かけるこいつはいつも周りに女子を侍らせている。本命の彼女がいるのかは知らないけど、女子を取っ替え引っ替えしてるイメージだし実際にそうだ。常識のある人間だったらこんな貞操観念の低い奴なんかとは絶対に付き合いたくないだろう。……俺が言えたことじゃないけど。 それから二三言、優しい言葉を投げて通話を終えた奴は、服を整えて壁に凭れている俺を見て不満そうに眉を顰めた。 「なんで直しちゃったの?」 「萎えた」 「えー、さっきまでヤる気だったじゃん」 「うるさい。……そんなことより、電話の相手、彼女じゃねえの?こんなとこで男襲ってるくらいならデートして来いよ」 ヤる気だったのは本当だから否定できない。その代わりにデートをすっぽかしたことを言えば、ふっと鼻で笑われた。 「彼女とか作んないよ、めんどくさいもん。あれはただの遊び。今日はデートって気分じゃなくなっちゃったんだよねー」 へらへらしながらせっかく着直したワイシャツに手をかけてくる。……こいつ、いつか刺されるな。隣のクラスの安藤さんとか大人しそうに見えて結構ヤバそうだし、さっきみたいなのが積もり積もって爆発したときが一番ヤバいんだ。 「ほら、集中して」 「……帰りたいんだけど。お前も、弟が風邪引いたから面倒見なきゃいけないんだろ?」 「風邪引いたっていうか、ちょっと体調崩してるだけ。今日も普通に登校してたみたいだし、大丈夫でしょ。……他には何か聞きたいことある?」 「『してたみたい』って……。弟いるっていうの、本当だったのか」 てっきり相手を言い包めるための嘘だと思ってた。こいつの弟なんだから、さぞ美形なんだろうな。 「え、知らなかったの?……まあ、学科違うしね。そのうち分かるよ」 「見てみたいなぁ、お前に似てる?」 「中身は真逆だけど、顔は似てる。……弟に惚れないでね?」 全部見透かしているように目を細められてドキッとした。……もしかして、俺が男しか好きになれないってことを知った上で、弟に手を出すなと牽制しているのか。 「ははっ、何言ってんの。相手は男だし、俺も男だから」 「でも、俺とこういうこと出来るじゃん。それって同性もいけるってことでしょ?」 「……いけなくはない」 どうせこいつには全部バレてるんだろうな、と思って余計な言い訳は諦めた。 じっと見つめられて冷や汗が背中を伝う。気まずくなって目を逸らすと笑いながら頬にキスをされた。

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