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キスマークへの対処も決まって、そろそろ勉強会を始めることにした。夏希の部屋へ移動してテーブルの角を挟んで座る。八重家に来るようになってまだ三日しか経ってないけど、テーブルにつく時や間に何か物がある時にはこの座り方が俺たちの定位置となっていた。 「――じゃあ、themの指すものを明らかにして下線部を訳すとどうなる?」 「……えっと、themは『彼が生涯で残した作品』だから――」 今は数学の次に苦手だという英語のワークを解いている。どうやら夏希は解き方を理解するまでに時間がかかってしまうタイプのようで、そのかわり解き方を理解すれば基礎的な問題から簡単な応用まですらすら解けるようになるから地頭は良いのだろう。 「何でそうなるのか、いちいち考えるから時間がかかっちゃうんだよなぁ……」 「まあ、そうやって考えるのが学びだからね。解き方だけインプットしても理屈が分かってなかったら応用で解けないから」 「ああ、確かに」 時々雑談を挟んで息抜きをしながらお互いに自分の課題を進めていく。夏希は学校の課題に加えて俺がおすすめした参考書や問題集を買ってきてやってくれている。分からないところはすぐに聞いてきて意欲的だし集中力があるし、爪の垢を煎じてハルに飲ませたいくらいだ。 八十分やって十分休憩のセットを二回終えたところで夕飯の仕度に取りかかった。夏希が昼間のうちに買い物に行っておいてくれて冷蔵庫に鶏肉があったから、鳥の照り焼きを作ることにした。キッチンの勝手もだいぶ分かってきてスムーズに作業が進む。やっぱり新婚生活みたいだなと浮かれている俺の横で、付け合わせのキャベツを切っている夏希が口を開いた。 「あ、彼方。特進科っていつも何時ごろに講習終わる?」 「金曜日は二時までだけど、それ以外は午前中には終わるよ。夏希は何時まで?」 「俺はどの日も午前中で終わる。特進科って明後日からの以外にもあるんだろ?」 「そうそう。夏休み初めと八月の頭に一週間とずつ、あと始業式前にもあるよ」 約一ヶ月半ある夏休み、夏希が言うように特進科は他の学科と違って三回に分けて講習がある。明後日から四日間(これは全学科共通)と八月の上旬に一週間、そして八月の最後の週に三日間の勉強合宿。合宿は表面上は選択制だけど、特進科の生徒にとって必須である大学入試対策の授業も入ってるから行かないって選択肢はない。よっぽどの事がない限り、特進科の人は全員強制参加だ。 それを夏希に説明すると驚きと感心の混ざった眼差しで見てきた。 「そんなにやるのか……。『ザ・特進科』って感じだな」 「ふふ、そうだね。勉強するための特進科ってトコあるから。……たしか普通科の方は夏休み中、文化祭の準備があったよね?」 「うん。準備って言っても最後の週に学校行くだけだけどな」 「いいね~、青春って感じ。うちはパネル展示くらいしかやらないからなぁ」 毎年ある文化祭には特進科のクラスも一応参加するけど、どのクラスも準備時間を確保するのがなかなか難しくて他の学科のように凝ったものはできないから結局今年もパネル展示に決まった。 「彼方のクラスは何の展示すんの?」 「『微生物とその活動について』かな。あんまり興味ないかもしれないけど、結構ちゃんとしたの作るつもりだから、良かったら見に来てよ」 「あはは、なんかシュールだな。時間とれたら友達誘って行くわ。特進科の校舎って行ったことないしなぁ」 「他の学科とそんなに変わんないけどね。でも雰囲気はちょっと独特かも」 同じ校舎に教室がある学科とは共通科目があるしそれなりに交流はあるけど、普通科とは校舎も科目も違うから普段からお互いの教室を行ったり来たりすることはない。 俺はたまにハルの教室に行くことがあるから普通科の校舎に足を踏み入れるけど、特進科の校舎にはない雰囲気だなと思うことが多々ある。校舎にいる生徒の数も違うけど性質そのものが異なっている感じだ。 「夏希のクラスは文化祭何やるの?」 「あー、俺のとこは……、……当日のお楽しみってことで」 「え~、なんだろう。そんなこと言われたら絶対行くしかないじゃん」 嫌がっているというよりも恥ずかしがっているといった様子で、何をするのかますます気になる。この間やった生徒会会議で普通科クラスの案を見たけど何があったっけ……。確かお化け屋敷とか模擬店とか定番の出し物が多かった気がするけど夏希のクラスは……、うーん、思い出せない。 本人は教えてくれそうにないから実際にこの目で見るしかなさそうだ。

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