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C:3-5
夕食とお風呂を済ませて部屋に戻ってくると、見計らったかのようなタイミングで夏希のスマホがメッセージの受信を知らせた。
「兄貴からだ」
毎日連絡を取っていると言っていた通り、俺がいる時でも何度かメッセージや電話がかかってきたことがあった。ちなみにお兄さんは勉強会をしていることも俺が連日泊まっていることも知っている。だいぶ八重家にお世話になっているから、できれば早いうちに会って挨拶をしておきたいところだけど……、仕事の関係であまり家には帰って来られないらしい。
「…………うっわ、まじか……」
「どうしたの?」
「火曜日……明後日の休みが取れたから明日帰ってくるってさ。連休取れるとすーぐ帰ってくんだから……」
久しぶりにお兄さんが帰ってくるというのにあまり嬉しくなさそうだ、と顔を見れば口振りとは裏腹に表情からは嬉しさが滲み出ていて、なんとも夏希らしい反応だと思わず笑ってしまった。
「そういうことなら、明日と明後日の勉強会は中止だね」
「え、なんで。来てくれねえの?」
「せっかくお兄さんが帰って来るのに俺がいても邪魔でしょ?兄弟水入らずの時間も大事だよ」
大事だなんて最近ハルとろくな会話をしてない俺が言うのもおかしいか。
でも普段会えないし貴重な連休を使って帰ってくるんだから、部外者である俺がいても本当に邪魔でしかないだろう。夏希に会えないのは残念だけど、さすがに連泊しすぎな気もするから大人しく家で勉強しよう。
「……たぶん明後日の夕方には帰るから、そしたら勉強会できるし……学校も俺ん家の方が近いし……」
夏希はスマホをいじりながらボソボソと歯切れ悪く言った。勉強会と夏希の家が学校に近いことが何が関係しているのだろうと思ったけど、暗に火曜日も泊まりに来いと言われているのに気づいて嬉しくなる。と同時に、いつも成り行きで泊まらせてもらってると思ってたから、夏希の中で勉強会=お泊まり会という図式が出来上がっていることに少し驚いた。
ついにやにやしそうになって黙っていると、画面から顔を上げて確認するように「ダメ?」と聞かれた。
「全然ダメじゃないよ。じゃあ火曜は勉強会しようか。あ、お兄さんが帰る前に挨拶した方がいいかな?」
「あー……彼方がしたいなら。たぶん……うん、彼方なら大丈夫だと思う」
「大丈夫じゃない人がいるの?」
「まあ、会えば分かる。一応心の準備はしといた方がいいかも」
心の準備、と聞いて以前夏希が言っていたことを思い出した。弟思いの……というと聞こえはいいけど夏希曰く『過保護』らしい。溺愛している弟に変な輩が絡んでいないか心配なのだろう。大事にされてるんだなあ。
「うわ、今から緊張してきた……。お兄さんってどんな人なの?」
「別に普通の人だよ」
「『夏希くんを僕にください』って言ったら殴られるかなぁ」
「うーん、それはマジで生きて帰れないかもなー」
わりと本気だったんだけどな。分かっていたけど普通に冗談として流されてしまった。
気を取り直して勉強会の続きを始めるために準備をしていると、夏希が何かを思い出したように「あっ!」と声を上げた。
「わ、どうしたの?」
「これ、兄貴にバレたら殺される」
そう言って指差したのはさっきまで話題に上がっていたキスマークだった。絶対にお兄さんにバレるわけにはいかないらしい。そりゃそうだよな。俺がお兄さんだったら、こんなものを見つけた日には付けた奴を跡形もなく消し去るかもしれない。……まあ、見えるところに付けたのはハルじゃなくて俺なんだけど。
学校なら友達とそこまで接近することはないから大丈夫だろうけど、お兄さんはかなり濃密なスキンシップを取ろうとしてくるらしい。ファンデーションシートを使ってたお兄さんなら他人が貼っていても気づいてしまうかもしれない。持ってる私服は大体首元が出るらしく、新たな問題が出来てしまった。
「…………ちょっとこれ着てみて」
「え、ああ、分かった」
しばらく考えた結果、貼ったシートを分かりにくくするには上から着ればいいんじゃないかと思って紫外線対策のために着て来たフード付きのパーカーを渡す。
「……うん、ファスナー閉めれば大丈夫だよ」
「ほんと?」
「ほんと。それ貸すよ。薄手だからそんなに暑くないはず」
「まじ?ありがとう」
夏希には少しぶかぶかだけど逆にそのお陰で誤魔化せそうだ。「彼パーカーだね」なんて冗談を言ったら、恥ずかしかったのか睨まれて背中を叩かれた。
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