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暑さで不意に目が覚めた。 部屋はまだ薄暗く少し開けた障子からは月明かりが差し込んできていて、スマホで時刻を確認するために起き上がろうとしたところで体の自由が効かないことに気づいた。背中に感じる体温と腹に回った腕で、後ろから彼方が抱きついてきてるのだと分かった。どうりで暑苦しかったわけだ。ベッドでくっついて寝るのは暑いから昨日と同じように和室に布団を敷いて寝ていたのに、これじゃ結局ベッドで寝るのと変わらないな。 彼方を起こさないようにそっと腕を解いて布団から抜け出す。彼方も一緒に俺のタオルケットをかけていたから、俺が寝たあとにわざわざ入ってきたのか……。いくらクーラーがついているとはいえ、自分から抱きついてきたくせにやっぱり暑かったのか額には汗が滲んでいた。 ほんとに、起きていても眠っていても綺麗な顔だ。普段の言動や仕草を見ていれば遊佐とは全然違うって分かるけど、こうして見てみると全く同じ顔をしてる。こんなに整った顔の人間が二人もいるとか、神様すごすぎるだろ……。 気持ち良さそうに寝ている彼方の顔を見ていたら、ふと遊佐に呼び出されていたことを思い出した。きっと午前中には兄貴が帰ってくるから遊佐のところには行けない。早いうちに連絡しておいた方がいいだろう。 枕元に置いていたスマホを持って廊下に出る。時刻を確認するとまだ日の出に満たない時刻だった。 『ごめん、今日行けなくなった』 それだけ送ってホーム画面に戻ろうとしたらすぐに既読がついた。こんな時間に起きてるなんて。もしかして起こしてしまったのかと一瞬申し訳なく思ったけど、たまに変な時間にメッセージを送ってくることがあるから偶々起きていただけだろう。 『なんで?』 まさか理由を聞かれるとは思ってなくて例のごとく違和感を覚えた。遊佐らしくない。 前にも一度、遊佐に呼び出された日に兄貴の帰宅が被ったことがあって急に行けなくなったことがあった。その時は『分かった』とだけ返信がきて、セフレのことにいちいち深入りしないのが普通の反応だと思った。実際、つまらない理由を聞くくらいなら別の人に声をかけると遊佐本人も言っていたし、たくさんいるセフレのうちの一人が都合がつかなくなったくらいで理由を聞くようなやつじゃなかったはずだ。 「うわっ」 既読だけつけて何も返信せずに考え込んでいたら遊佐から電話がかかってきた。なんだか嫌な予感がして、寝たことにしようかそれとも素直に出ようか迷っていたら着信が切れた。 ほっとしたのも束の間、『起きてるなら出てよ』とメッセージが送られてきて、全て見透かされているような気がして鳥肌が立つ。メッセージから間髪入れずに再び電話がかかってきて、さすがに今度はワンコールで出た。 『やっぱ起きてんじゃん。なんで一回で出ないの』 「お前、怖すぎ……」 『さっさと出ないのが悪いんだよ。……どうせまた、遊佐らしくないとか思ってたんでしょ』 「そんなこと……」 『いいよ別に、俺だってそう思ってるし。でも、どうしようもないんだから仕方ないじゃん。どうにかできるならとっくに解決してる』 声色から不貞腐れている遊佐の姿が頭に浮かぶ。全部見透かされていたのは気のせいじゃなかったらしい。こいつ、勘が鋭いのかなんなのか。 ……しかも、やけに素直じゃないか。自分の欲に素直といえば遊佐らしいけど、それに自分自身が振り回されているような、そんな感じがする。一番遊佐が嫌っていそうな状態になってるなんてどうしたんだろう。 言動が遊佐らしくないというだけで騒いでいるけど、ただのいつもの気まぐれの可能性も捨てきれなくてこっちもどう対応すればいいのかが分からない。……いや、気まぐれにしても遊佐の行動基盤から外れ過ぎている気がする。さっきの言葉が本当なら、実際に遊佐自身も悩んでいるみたいだし。 俺が気にかけたってどうにかできるわけじゃない。でも、独占欲みたいなものを向けられたりおかしな態度をとられたりすると、本来の目的を忘れそうになるから正直困ってしまう。俺にとっても遊佐が遊佐らしくいてくれた方が都合がいい。だから早く解決してもらって元の遊佐に戻ってほしい。 そんなことを考えてる一方で、好みのタイプである遊佐に構ってもらえると嬉しいし、優しくされた日には乙女思考なんかに陥ってしまうくらいには俺もブレブレだ。 遊佐らしくない、とかどうこう言える分際じゃないんだよな……。

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